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共同住宅の防災組織は、なぜ立ち上がらないのか。マンションの合意形成のプロに聞く「最短3年」の現実

2026年9月30日

前回、港区防災危機管理室の上野さんに、区が在宅避難を推奨する理由と、私たちが今日から始められる備えについて伺いました。そのなかで、気になる数字が1つありました。区内に7,000棟以上ある共同住宅のうち、防災組織を備えていると区が把握している建物は全体の5%にも満たない、というものです。

区は、管理組合とは別に防災組織を立ち上げるよう働きかけを続けています。それでも、数字はなかなか動いていません。呼びかけが届いていないのか、届いたうえで動けないのか。現場では何が起きているのでしょうか。

今回お話を伺ったのは、分譲マンションの修繕や耐震化にあたって、住民の合意形成を専門にコンサルティングしている株式会社AK建築設計の代表取締役社長・山本侑介さんと、東京支店長の植野寛師さんです。関西を拠点に住民合意形成のお手伝いをされてきた企業ですが、2023年に東京都港区にも進出。関東近隣の共同住宅の住民合意形成のお手伝いを始めています。

今回は、全国の管理組合を相手に、揉めごとの真ん中に立ち会ってきた立場から、共同住宅で組織をつくるということの、赤裸々な現実を教えていただきました。

お話をしてくださった山本さん(右)と、植野さん(左)

そもそも、管理組合は「防災をやる組織」ではない

前回の記事でも触れたとおり、共同住宅の管理組合は部屋の所有者(区分所有者)全員でつくる“建物という共有財産を管理するための組合”です。山本さんも、まずそこを押さえておいてほしいと言います。

「管理組合は、財産の維持管理が主になります。取り組みの1つとして防災も一部はあるのですが、結局はほぼ管理会社さんにお任せの状態です」

管理会社とは、大家さん(オーナー)や管理組合に代わって、共同住宅の維持・管理や入居者対応窓口などの業務を行う会社のことです。

「管理会社さんがどれだけ管理組合に対して防災活動を提案されるかで、防災組織を作るか、話だけ聞いてやらないかが決まる。最終的に判断するのは管理組合さんですから」

なるほど。では、実際に最前線で管理組合とお付き合いをしているAK建築設計さんの所感として、防災組織を持っているマンションはどのくらいあるのでしょうか。率直に聞いてみると、答えは区の数字を裏づけるものでした。

「おっしゃるように、組織としてはほとんどないという状況です」

まったくないわけではありません。古いマンションや、戸数が少なくて住民同士の顔が見えているマンションでは、管理組合の下に「専門委員会」を置き、防災グッズを購入したり、訓練を提案して住民を巻き込んだりしている例もあるそうです。ただ、それは例外といってもいいということでした。

1年で交代する理事会と、くじ引きで決まる役職

共同住宅で防災組織が立ち上がらない理由の1つは、そもそも意思決定する側が毎年入れ替わることにあります。

管理組合は区分所有者全員で構成される団体ですが、肝心の住民の防災意識が薄いことが多いそうです。

「自治会のように一度なったらしばらく続けるというシステムではないので、そこはなかなか、継続して組織作りを行うことが難しいところかなと思います」

マンションの管理規約の下敷きになっている「マンション標準管理規約」における国交省のガイドラインでは、管理組合理事の任期は1~2年を推奨しており、多くの管理組合では1年としています。仕事の引き継ぎを重視する管理組合では、2年任期にしたり、1年ごとに半数だけを入れ替える半数交代制を採ったりして、前年の内容を次に渡す工夫をしているところもあります。

しかも、その理事になりたがる人があまりいません。

「管理組合は自分たちが暮らす建物の保守管理の意思決定機関で、共同住宅で暮らすうえではとても大切な組織です。ですが、住民の意識が薄いところは、結局誰も理事になりたいと手を挙げないので、くじ引きで決められる。場合によっては、理事会に欠席した人にその役が与えられる、というような現状もありますね」

欠席裁判で理事長が決まる。PTAの役員決めとよく似た光景ですが、扱う金額も責任もまるで違います。

「欠席で決められてしまった人の中には、かなり文句を言う人もいるとは聞いてます」

という山本さんの言葉には、実感がこもっていました。

理事会の開催回数にも決まりはありません。なり手が少ない管理組合では、問題が起きない限り集まらないということも起こります。

「メインの管理もなかなかおぼつかないところで、防災という分野にまで意識が向かない。それが現状かなと思います」

新しい組織をつくるより、「委員会」のほうが現実的

では、これから災害に備えようという共同住宅は、どのようにして防災組織を立ち上げるのが現実的なのでしょうか。

「おすすめは、管理組合の中に防災委員会を設置する方法ですね。ある意味ちょっと強制的なんですけど、そちらのほうがやりやすい」

防災組織を一から立ち上げようとすると、まず手を挙げる人が出てきません。管理組合の中に組織をつくり、最終的には理事会が決裁するという形に落とし込めれば、まだ可能性がある、というのが山本さんの見立てです。

ただし、ここにも落とし穴があります。

「問題があるとすると、管理組合が設置する委員会は、基本的に理事会の諮問機関という建付けにしなければならないことです」

つまり、理事会の側が「こういうことをやってください」と明確に定めて委員会に依頼をしないと、防災委員会を設置しても動き出せないということです。ところが、その理事会にも防災知識がない。「では何から進めればいいの?」というところで止まってしまう。マンション向けにまとまった防災組織や防災委員会設立の手順書があるわけでもありません。

では、実際に立ち上がっているところは、どうしているのか。

「1名の方くらいが意識を高く持たれて理事会に提案をして、『では、あなたが委員長をやってくれるなら立ち上げてみては』と。そういう構図になっていますね」

制度でもなく、行政の呼びかけでもなく、一人の住民の挙手から始まる。これが、防災組織を持つ共同住宅は5%未満という数字の裏側にある真実なのだと思います。

動き出すまで、最短でも3年

港区への取材では、区は今年度から止水板設置工事等の助成を始めたという話が出てきていました。地下に電気設備を置くタワーマンション等にとって、浸水対策は停電対策でもあります。

では、仮に集中豪雨を受けて「うちも地下駐車場の対策をしよう」と考えた共同住宅が、実際に工事へ動き出すまでにどれくらいかかるのでしょうか。

「専門委員会を立ち上げるまでに1年。立ち上げてから予算取りをするまでに、最短で1年はかかります」

と、植野さん。

さらに、駐車場を使っていない住民からは「そんなお金をなぜ自分たちが払わなければならないのか」という声が出てしまいます。1つの建物とはいえ、自分が使っていない設備や、自分に被害が及んでいない事柄への支出には、必ず反対が出てしまいます。

「どれだけ順調にいっても、実際に工事を行えるまで、最短でも3年くらいかかるんじゃないですか」

と山本さんはおっしゃいました。

実際に、AK建築設計が手掛けた止水板の設置工事の例。

一方で、行政の助成は単年度で区切られていることがほとんどです。3年かけて合意を形成する組織と、1年で締め切られる制度。ここには明らかな“ずれ”が生じています。

「検討していない段階で補助金が出たとしても、その年度で使うことはなかなかない。最短でも絶対に1年はかかりますので」

去年は使えた助成が、今年は条件が変わって使えなくなることもあるのです。だからこそ、山本さんは補助金をあてにして計画を立てるべきではないと念を押します。

「あくまで自分たちのことなので、補助金は補助金として考える。検討している中で、調べたら使えそうなものがあったよ、ラッキー。というくらいの気持ちでやらないと計画が破綻してしまいます」

そもそも行政の予算には限りがあり、申請の順番が遅ければ使えません。使うつもりなら、「助成が続く前提で、先に動き出しておくしかない」ということです。

合意形成の場で反対する人を「反対」と捉えない

合意形成の現場で、必ず出てくるのが反対意見です。たとえば浸水被害に対して持つ危機感は、低層に暮らす人と高層に暮らす人との間で大きな差が生じます。みんなで積み立てる修繕積立金から、それなりの額を支出するのですから、反対意見が出るのも当然です。

このように反対する人を敵にしないための進め方はあるのでしょうか。

「経験としては、反対と捉えないことですね。その人の意見も1つの意見として、ちゃんと聞くことが一番大事なんじゃないですかね」

賛成派が自分たちを正しいと思っているのと同じだけ、反対派だって、自分の判断が正しいと思っています。だから、両方の意見を聞きながら、できるだけ同じ情報を双方に提供することが重要なのだと言います。

「賛成してほしいから、賛成派にとって都合のいい情報だけを出す。そうすると反対の方の信用は二度と得ることができず、ずっと反対のままになるんです」

AK建築設計では、合意形成の場に専門家を派遣し、賛成反対双方に寄り添った説明を行うことを心がけているそう。

だからすべての情報をテーブルの上に開示し、問題点や課題も開陳したうえで、「一緒に考えましょう」とメンバーに引き入れてしまうのが、コツになってくるそうです。

もう1つ強調されたのが、手順を飛ばさないことです。理事会や委員会の中に、建築や設備に詳しいリーダーとなった住民がいると、良かれと思って先回りして動いてしまいがちです。ですが、先回りをしてしまうと、かえって「あの人が勝手にやっている」と見られてしまい、反対派の態度を硬化させてしまいます。総会や理事会を起点に、遠回りでも順番を踏んだほうが最終的には早い、という話でした。

「一番厄介なのは、『あの人がやっているから絶対に反対』というもの。冗談みたいですけれど結構あるんですよ」

と植野さんは苦笑されていました。

組織運営を続けるほうが、立ち上げよりも難しい

苦労して防災のための組織を立ち上げても、続けなければ意味がありません。植野さんが「一番難しい」と繰り返したのは、むしろこちらの方でした。

「住民の中に防災意識の高い人がいれば、その方が継続してやってくれます。ですが、その人が高齢になると、あれほどうまくいっていた防災組織があっという間に瓦解してしまう、というケースを多く見ました」

これは、何も防災に限った話ではないそうです。たとえば、共同住宅竣工時から計画されている大規模修繕工事が終わった途端、それまで活発だった理事会活動が消えてしまうこともあるそうです。住民の中にいる“誰か”がやってくれていると、仕事が属人化してしまい、組織の柔軟性を失ってしまいます。だから、いかにして組合活動を標準にして習慣化するところへ持っていけるかが、活動継続の分かれ目となります。

アイデアとして山本さんが挙げられたのは、3つでした。

1つは、年中行事にしてしまうこと。誰に引き継いでも理事会や防災訓練を「これは絶対にやる」という形にしておけば、担当者の意識に左右されずに回っていきます。理事会役員が輪番制で、当事者意識が低いマンションであっても、次の人にそうした情報を渡すルールが成立しているところは、うまく活動が継続しているそうです。

2つめは、防災設備の設置計画を、長期修繕計画に組み込むこと。

「住民の方々は、長期修繕計画をきちんと提示さえしておけば、皆さんちゃんと積み立てて実行していらっしゃいます。防災も一定のルールさえ決めて、それをやる前提で計画へ組み込んでしまえば、ほとんどのマンションはやるという印象です」

専門家を入れて、防災の観点から止水板などの設備をあらかじめ計画に位置づけておく。そうすれば、意識の高い人がいるかどうかに関係なく、時期が来れば実行されます。

3つめは、消防署との連携です。

「消防署が『この時期にこのマンションは防災訓練をやっていましたが、今年はどうですか』と声をかけてくれる形ができれば、誰が役員であっても続けられそうな気はします」

管理組合が運営の中心だと、代替わりのたびに計画から抜け落ちていきます。住民コミュニティの外から毎年声がかかる仕組みがあれば、年中行事として定着させやすそうです。実現できるかはこれからの話ですが、地域の消防署や消防団との距離が近い港区であれば、検討の余地はありそうです。

一方で、前回の取材で明らかになったとおり、港区内の共同住宅は分譲と賃貸がおよそ2対5。数のうえでは賃貸のほうが多く、防災組織化はさらに難しくなります。

「賃貸マンションのオーナーさんは、1部屋ずつ貸しているだけですので、住民という意識を持つことは少ないです。防災意識もあまりない。どうしても収益だけしか見ていないというところですよね」

賃貸マンションに暮らす住民の側も、一時的にそこに暮らしているだけで、共同住宅が自分の財産という意識がありません。当然ですがいまこの人が住民代表という組織がありません。山本さんが賃貸住宅に暮らす方向けに挙げた道筋は、1つだけでした。

「町会や自治会に入ってもらわないと、なかなか難しいんじゃないかなと思います」

賃貸住宅は、組織を作りにくい。だから、建物の外にある地域の組織から防災を促していくしかないというのです。港区役所防災課の上野さんが語っていた「挨拶できる関係」という共助の入口は、賃貸住民にとってはより切実な話だということになります。

隣からのもらい火でも、自分の火災保険しか使えない

港区が勧める在宅避難は、自宅が無事であることが前提です。では、その避難の拠点となる自宅が無事でなかったときはどうなっているのか。話は保険にも及びました。

賃貸契約のときに加入する火災保険は、自分が借りている区画に対する保険です。そして、隣の部屋から火が出て延焼しても、その責任は隣人に問えないのが日本の法律です。

「飛び火しても責任を取れない、というのが法律なので。だから、自分で火災保険に入って守らなければいけないという考え方ですね」
と植野さん。地震保険にも誤解があると言います。

「地震が起きて建物に被害が出たら、すべて保険で賄えると思われている方が多いんですけど、実は全然そうではなくて。地震保険は、被災したときに、最低限の生活を維持できるくらいの担保を目的に作られている商品なので全額が賄われることはありません」

被災後、保険会社による全損、大半損、小半損、一部損といった判定によって支払額が決まり、全損でも火災保険の保険金額の半額まで。修繕費の多くは結局、自己負担になります。

さらに見落とされがちなのが水害です。

「火災保険は火災しか出ないので、水害や浸水被害に関してはオプションの範囲なのです」

しかも、地上から一定の高さ以上の浸水でなければ支払われないといった条件がつきます。約款は細かく、読まずに加入して、いざというときに補償がないということも起こり得ます。保険の見直しは、その日のうちにできる数少ない防災対策の1つなのかもしれません。

最後に、意識を高めるための取り組みについても伺いました。AK建築設計さんが手掛けてきたのは、座学よりも体験型のプログラムです。

避難時に破る必要があるベランダの隔て板を実際に破ってみる。消火器を一度使ってみる。マンション内をみんなで歩いて危険な場所を洗い出し、マップにまとめる。

「実際に住民の皆様と一緒にマンションを回ってみると、“この階段は滑るね、雨の日はだいたいみんな滑っている”といった意見が出てくる。班に分かれて自分たちのマンションについて意見を出して、それをマップにまとめて説明会をする。気づきを増やして共有するというのは、重要なのかなと」

前回の記事で紹介された、支援物資を下の階から上へ運ぶ「縦のバケツリレー」も、一度やってみる価値があるそうです。

「バケツなんかも、1回やってみたらいいと思うんですよ。1階からどれだけこぼれるか。やってみれば、気づくことは多いと思います」

触ってみる。歩いてみる。こぼしてみる。そこから始めるほうが、組織づくりの近道なのかもしれません。

AK建築設計では、異なるマンションの管理組合が交流し対策を勉強しあうリアルイベントも開催しているそう。

立ち上げる人への、3つの心得

これから住民組織をつくろうと考えている方に向けて、心得を3つ挙げていただきました。

1つめは、自分事として捉えること。

「誰も自分を守ってはくれない。だから、自分のこととして捉えるということ」

2つめは、自分の地域と建物を知ること。環境も設備もそれぞれ違います。自分のマンションがどの方式で給水しているのか、電気設備はどこにあるのか、どこと契約しているのか。ハザードマップの上で自宅がどう塗られているのか。前回の記事にあった備蓄と同じで、まず現状を知るところからです。

3つめは、動くこと。

「知っていても何もしない、ということが多い。『浸水するらしい』と聞いても、何もしなかったら知らないのと一緒です。まずは少数でもいいので、ちょっとずつでも行動しないと、多分始まらないと思うんです」

5%という数字の裏には、動き出した一人がいました。3年かかるのだとしたら、始めるのは早いほど良いということになります。区の助成や相談窓口も、動き出した人の前にしか現れません。

今日、隣の部屋の人に挨拶をする。管理組合の総会に出てみる。次の理事会で、防災の話題を一度出してみる。7日分の備蓄と同じで、組織もまた、小さく始めるしかないようです。

【株式会社AK建築設計】
住所:東京都港区三田3-2-8-7F (東京支店)
TEL:03-6205-7735
アクセス:都営地下鉄三田線「三田駅」A3出口より徒歩6分

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