
図書館併設「有栖川食堂」で麻布坂カレー開発の裏側に迫る——ドイツ文化に触れる「南部坂カレー」も実食
港区麻布といえば、高級住宅街というイメージがある一方で、各国の大使館が点在し、国際色豊かな街としても知られています。
さらに名前の付いた坂道が多いことも特徴のひとつ。街を歩けば坂名が記された標柱が至る所で見られ、その数は42ヵ所にも及びます。そんな“坂のまち”麻布を盛り上げるご当地グルメ「麻布坂カレー」は、現在提供店舗を拡大中です。
興味深いのは、カレー専門店だけでなく、和食店や洋食店など多彩なジャンルの飲食店でも提供している点です。
ここで、「麻布坂カレーって何?」という方に向けて簡単にご紹介します。
麻布地区では自治体と地域住民が連携し、「麻布地区地域事業活性化プロジェクト」を展開しています。地域で活動するメンバー「麻布る縁さ~(あざぶるえんさ~)」が中心となり、イベント企画や情報発信を実施。その取り組みのひとつとして誕生したのが「麻布坂カレー」です。
麻布が“坂のまち”であることに着目し、坂の歴史や由来、エピソードを一皿に盛り込んだご当地カレーとして展開されています。
今回は、「図書館の食堂で味わえる麻布坂カレーがある」との噂を耳にし、広尾の都立中央図書館を訪れました。
▼麻布坂カレーの誕生秘話についてはこちらのインタビューで詳しく伺っています。
【麻布坂カレープロジェクト】~坂の歴史や由来を伝えるご当地カレーの誕生秘話~
地域柄を活かした異国メニューも過去に提供
東京を一望できる穴場スポット「有栖川食堂」へ
今回お話を伺ったのは、「南部坂カレー」を手がけた吉田 明俊(よしだ あきとし)さん。
吉田さんはドイツ&オーストリア料理や菓子などを提供するカフェレストラン「Mahlzeit(マールツァイト)」を営む傍ら、都立中央図書館5階の「有栖川食堂」と1階に併設されたコーヒーショップ「有栖川珈琲」の運営も行っています。

昭和48年(1973)に都立日比谷図書館の蔵書を引き継いで開館した「都立中央図書館」。
有栖川食堂までは東京メトロ日比谷線「広尾駅」2番出口から徒歩8分。南部坂標柱の立つ有栖川宮記念公園の入り口から、公園の中の道を通って向かうのがおすすめです。

麻布地区のなかでも比較的急な坂の部類に入る南部坂。ドイツ大使館のほか、麻布南部坂教会やインターナショナルなスーパーマーケットが並びます。
——図書館に併設された食堂に伺ったのは初めてです!読者に向けて、有栖川食堂のみどころや、都立中央図書館でのおすすめの過ごし方などを教えてください。
吉田さん:まず、都立中央図書館は普通の図書館と違って館外貸出を行いません。館内閲覧のみとなっています。読みたい本は、棚から持ち寄って勉強や調べ物をするため滞在時間が非常に長いです。一日中図書館を利用される方も多いのではないでしょうか。
一般的な調べ物はネット検索で済む時代なので、利用者には歴史的な文献をわざわざ足を運んで調べに来るような勉強熱心な方が多いそうです。図書館としてはかなり特徴のある図書館だと思います。
食堂自体は5階にあり見晴らしが非常に良いです。一面ガラス張りの窓から東京タワーや六本木ビル群が一望でき、天気が良いと遠くの方にスカイツリーも望めます。都心の景色をゆったり楽しめるスポットです。

窓際のカウンター席は、東京ならではの景色を楽しめる特等席。
吉田さん:現在は休止中ですが、有栖川食堂では「国内外の食文化に触れられる食堂」を目指して、月替わりで世界の料理と日本のご当地料理を販売していました。
図書館の利用者は、知識を求めて来館する方も多いので、食の情報発信ができたら面白そうだなと思い始めた取り組みです。
このあたりは土地柄として大使館が多いため、直接連絡をとってメニュー開発に協力していただきました。月替わり企画について相談すると、予想以上に「自分の国の魅力を知ってほしい」という大使館が多かった印象です。例えば、フィンランド大使館はおすすめメニューとして、サーモンのミルクスープ「ロヒケイット」を紹介してくれました。
日本のご当地料理としては、北海道の鶏の唐揚げ「ザンギ」や、玉ねぎや牛バラ肉を鉄板で炒める青森のソウルフード「十和田バラ焼き」を提供するような企画も実施していました。
これらの取り組みは、新型コロナウイルス感染拡大の影響で休止になってしまいましたがぜひまた再開したいですね。「面白いことに取り組んでいるね」と注目されるような食堂にしていきたいです。
斬新な発想を一皿へ落とし込んだ
試作品開発エピソード
——有栖川食堂で麻布坂カレープロジェクトに参加された経緯を教えてください。
吉田さん:もともとプロジェクトの関係者から「麻布坂カレーの立ち上げに協力するシェフを探している」という話を聞いていて。「坂カレーのアイデアを形にしてほしい」「サンプルづくりに携わってほしい」というお誘いをいただきました。
全国で流行しているご当地グルメ「ダムカレー」から構想を得た麻布坂カレーですが、当初は「坂らしく、アスファルトをイメージしたグレー色のライスにしたい」というアイデアがありました。また、「アスファルトの塗装を連想させるライスの下に、土に見立てたルーを閉じ込めたい」という意見も出ていました。
区民や自治体の会議から生まれたアイデアだったため、料理人でないからこそ出てくる発想を、いかに一皿に落とし込むかに苦戦しました。

ダムカレーはダムが山の中にあるのに対し、麻布坂カレーのモチーフとなる坂道は街中にあり、街歩きと一緒に食事を楽しめるのがポイント。
画像提供:麻布地区総合支所協働推進課
——試作品はどのようなものに仕上がりましたか?
吉田さん:試作品として、歴史ある「南部坂」をモチーフにしたカレーを考案しました。南部坂の脇に広がる有栖川宮記念公園の場所には、坂名の由来となった盛岡藩南部家の下屋敷があったことから、ゆかりのあるものをトッピングしています。ならたけを使った南部地方の名物「きのこなます」や「南部煎餅」などを一皿に詰め込みました。南部味噌を使った和風カレーで、ご飯にルーを閉じ込めるため、キーマカレーにしています。
また、南部坂一帯に広がる「有栖川宮記念公園」もイメージし、ブロッコリーで自然豊かな公園の木々を表現しました。春の名物である桜の要素を盛り込むため、桜色の大根の酢の物を、らっきょうや福神漬けの代わりとして添えています。
最初はライスの形にもこだわり、専用の型で盛り付けるという案もありました。ただ、作り手としては「店舗ごとに自由に考えていただいた方が、価格面やオペレーション面でも取り入れやすいのではないか」と考え、そうしたレギュレーションづくりにも携わりました。
試作品完成後は、麻布のインフルエンサーとして活動する「麻布る縁さ~(あざぶるえんさ~)」の皆さんが麻布坂カレーのPR活動を進め、飲食店への声掛けや参加店舗の募集を実施。こうしてプロジェクトが広がっていきました。

黒ゴマをライスに混ぜることで、アスファルトの色を表現。
※試作品のため、現在は提供していません。
画像提供:麻布地区総合支所協働推進課
参加店としてもプロジェクトを盛り上げ
新たな南部坂カレーは親しみやすさを重視
吉田さん:第一弾の発表後、有栖川食堂としてもプロジェクト参加のお誘いをいただきました。試作品と同じく、「南部坂」をコンセプトにしたカレーを開発しています。
新たな南部坂カレーは、図書館の食堂という場所柄、価格はリーズナブルに抑えつつ、ほかの提供店舗のような凝ったアレンジではなく、有栖川食堂で提供しているチキンカレーに食べ応えを加える形にしました。
トッピングには、南部坂にあるドイツ大使館にちなみ、フランクフルトとフライドポテトを豪快に添えています。ドイツにはほかにもさまざまな食文化がありますが、カレーに合うことや、皆さんにとって親しみやすく手軽に食べられることを考えると、ソーセージとポテトが真っ先に浮かびました。
試作品にもソーセージとジャーマンポテトを添えていましたが、当時は南部煎餅など、坂名の由来に寄り添った具材を中心に構成していました。今回の南部坂カレーでは、より親しみやすい“ド直球”のトッピングを意識しています。

チキンカレーに肉汁あふれるフランクフルト、フライドポテトの塩気が合います!

南部坂カレーには、器と彩りがかわいらしいマカロニサラダが付いてきます。
「南部坂カレー」を実食してみると、予想以上のボリュームに驚きました。パリッと焼かれたフランクフルトの肉汁とケチャップソースが、甘辛いチキンカレーのソースと絡んで口の中に広がります。フライドポテトの塩気はソーセージにもカレールーにも程よく合っていてスプーンが進む味わいです。
このカレーとソーセージ、ポテトという組み合わせは一見意外にも感じましたが、ドイツには焼きソーセージにケチャップ風のソースをかけ、カレーパウダーを散りばめた「カリーヴルスト」というB級グルメがあるそうです。フライドポテトと一緒に味わうのが定番とされ、南部坂カレーにも通じるものを感じました。

現地のカリーヴルストのイメージ
※写真ACより引用
東京タワーを眺めながら味わう南部坂カレーは、公園で食べる軽食のような、どこか懐かしい味わい。ドイツの食文化に触れつつ、東京ならではの景観も堪能でき、思い出に残るひとときを過ごせました。
——最後に、初めてこちらに訪れる方に向けて、おすすめの過ごし方はありますか。
吉田さん:広尾は、派手な観光スポットがある街ではありませんし、「ショッピングをしに広尾へ行こう」となる場所でもないですよね。
一方で、外国人の方も多く暮らしていて、落ち着いた雰囲気のおしゃれな街というイメージがあると思います。特にインバウンド観光客というより、このあたりに住んでいる方が多い印象です。
だから、料理にこだわったお店が密集しています。“映え”や流行だけでは続かず、地元に密着した実力のあるお店が残っている街なのではないかなと思います。高級店も多いですが、美味しいコーヒーショップやパン屋さんなど、手ごろに楽しめるお店もあります。
広尾駅前にも、カフェやパン屋さんが多く、朝早くから営業している店もあります。そこで買ったものを有栖川宮記念公園に持って行き、ゆったり過ごすのもひとつの楽しみ方です。平日・休日を問わず、公園に訪れる方を見ていると、「ゆとりをもって時間を使う方が多い街だな」と感じます。
▼有栖川宮記念公園についてはこちらの記事で詳しく紹介しています。
港区唯一の騎馬像!「有栖川宮記念公園」に鎮座する有栖川宮熾仁親王の物語
地元高校生から近隣保育園のママまで
広尾で親しまれる憩いの場
吉田さん:麻布坂カレープロジェクトに携わっている「広尾学園高校」の生徒たちも、この図書館で試験勉強に励んだり、お腹がすくと食堂にやってきてポテトやアメリカンドッグを食べたりしています。図書館の近所には、麻布学園 麻布中学校・高校もあり、生徒たちにとっての憩いの場にもなっています。
このあたりには、マクドナルドなどのように気軽に入れるチェーン店が少なく、学生たちがポテトを買ってゆっくり過ごせる場所もあまりありません。有栖川食堂を、学生のみなさんにももっと利用していただけたら嬉しいです。
さらに、数年前までは近所の保育園に通うお子さんのママたちが、お迎え後によく来館されていました。コロナ禍を経て大人数で集まる機会は減ってしまいましたが、お子さんやママたちにとっても、一緒にご飯を食べるだけで楽しい時間になると思います。また気軽に遊びに来てもらえるような企画も考えていきたいです。
当図書館は2026年3月まで改修工事を行っており、全面開館となった4月以降は、企画展示なども積極的に開催しています。
ちょうど2026年6月3日(水)まで、ペンギンの来日111周年を記念した「TOKYO PENGUIN LIBRARY(トーキョー ペンギン ライブラリー)」を4F企画展示室で開催中です。
東京で見られる8種類のペンギン紹介のほか、ペンギンにまつわる小説や絵本、キャラクター展示など充実しています。
有栖川食堂・有栖川珈琲でも、企画展示とコラボした「ペンギンクッキー」を平日・祝日限定で販売中。“ペンギン界隈”と呼ばれるペンギンファンの方々で賑わっています。ぜひお越しください。

都立中央図書館で食堂とカフェを手がける吉田明俊さん。ドイツ・オーストリア風のコーヒーが味わえる1F「有栖川珈琲」のロゴ前にて。
麻布坂カレーの立ち上げから南部坂カレーの開発、さらに各国の大使館と連携した世界料理の企画メニューなども手掛ける吉田さん。
麻布・広尾エリアと世界の食文化をつなぎ、地域の人々が利用する図書館の食堂でも、この街ならではの魅力を感じさせてくれます。
東京の景色を眺めながらゆったりと過ごし、ドイツ大使館のある南部坂をイメージしたご当地カレーを味わってみてはいかがでしょうか。
【有栖川食堂】
住所:東京都港区南麻布5-7-13 都立中央図書館5F
時間:開館日(土・日曜除く)の11:00~15:00(14:45L.O.)※定食提供は11:00~14:00、祝日も営業
定休日:東京都図書館の休館日に準ずる
アクセス:東京メトロ日比谷線 広尾駅「2番出口」より徒歩8分
南部坂カレー:1,000円(税込)

