
【新橋開催】気候変動に立ち向かう日本酒を知ろう・飲もう!トークイベントレポート
アイキャッチ画像:© Earth Sherpa / Photo: Daiki Tateyama
2024年にユネスコ無形文化遺産に登録された『伝統的酒造り』。世界的にも評価される日本酒は、私たちにとって身近な存在である一方、消費者の価値観の多様化や後継者不足など、さまざまな課題に直面しています。
なかでも近年、酒造りの現場に大きな影響を及ぼしているのが「気候変動」です。
今回は、“サラリーマンの聖地”として知られる新橋で開催された、「第2回 酒蔵・専門家から学ぶトークイベント『気候変動に立ち向かう日本酒を知ろう・飲もう!』」に参加しました。
本イベントを主催するのは、地方創生と気候・環境対策に取り組む一般社団法人「持続社会連携推進機構 アース・シェルパ」です。
酒米の生産から酒蔵の取り組み、地域とのつながりまで、普段とは異なる視点から日本酒の未来について考える機会となりました。
日本酒の原料「酒米」を脅かす温暖化の影
日本酒造りを取り巻く課題のひとつが、原料となる米への気候変動の影響です。
近年は、酷暑による米の収量減少や、高温障害による品質の変化、さらには発酵管理への影響など、酒造りの現場にさまざまな課題が生じています。
イベントでは、日本酒ライターで、岡山県酒造好適米協議会の広報アドバイザーを務める市田真紀さんが、気候変動が酒米の生産に与える影響について解説しました。
岡山県は、全国でも有数の酒米の生産地です。酒米とは、一般的な食用米とは異なり、日本酒造りに適した「酒造好適米」のこと。市田さんが紹介したのは、岡山市発祥の酒米「雄町(おまち)」です。

画像はプレスリリースより引用。「生産量の9割以上が岡山県!幻の酒米『雄町』が生み出す至高の地酒を紹介」
※写真提供:岡山県観光連盟
市田さん「『雄町』は、ほかの品種との交配を行っていない日本古来の品種とされ、160cmほどの大きな稲に育つのが特徴です」
雄町は背が高いため、倒れやすいという栽培上の難しさがある一方、大きく柔らかな米粒と、球状の大きな「心白(しんぱく)」を持ち、酒造りに適した特性があります。
「心白」とは、米粒の中心部に見られる白色不透明な部分のこと。心白には非常に小さなでんぷん粒が集まっており、粒同士の結合が緩いため、でんぷん粒の間にすき間が生じます。そこに入った空気が光を乱反射することで、白く濁って見えるのです。酒造りでは、この心白が米粒の中心に位置していることに加え、周辺のでんぷん層の硬さや、心白の大きさ・形状などのバランスが重要になります。
市田さん「雄町は、6月中旬から下旬にかけて田植えを行い、10月中旬頃に収穫されます。生育期間中の多くを占める夏場の気候が、米の品質を大きく左右します。近年の岡山県では、夏場に36~38℃ほどの高温になる日も珍しくなく、9月以降も厳しい暑さが続くことが増えました。高温によって収穫量が減少するだけでなく、玄米全体が白濁したり、心白がお米の腹側や背中側に偏ったりする『高温障害』も発生します。こうした米は精米時に砕けやすく、酒母に麹・蒸米・水を加えて発酵させる『もろみ』の段階で溶けにくくなるなど、品質に影響します」
高温障害に対応しながら、岡山では品種改良を行うのではなく、伝統的な「雄町」を守るための取り組みが進められています。そのひとつが、あえて米を磨きすぎない「低精米」による酒造りです。
また、酒蔵と生産者が参加する雄町の勉強会も開催されています。生産者からは酒米の生育状況や品質を共有し、酒蔵からは酒造りを通じたフィードバックを行います。双方で情報を交換しながら、酒米の品質向上に取り組んでいます。
さらに、岡山県の酒蔵「利守酒造」「辻本店」「室町酒造」では、粒が不揃いで仕込みが難しい「等外米」や、精米時などに砕けた米を活用した酒造りにも取り組んでいます。
普段何気なく口にしている日本酒。その背景には、温暖化によって酒米の生産が難しくなるなか、品種を守り、酒造りを次世代につなごうと奮闘する生産者や酒蔵の存在があります。酒米という「原料」の視点から日本酒を見つめることで、これまで知らなかった酒造りの一面が見えてきました。

精米時に取り除かれる米の表層に含まれる栄養素は、多すぎると雑味の原因になりますが、適量であれば米本来の旨味を引き出します。
3つの酒蔵が挑戦する、サステナブルな酒造り
酒米を取り巻く課題について学んだ後は、全国から3つの酒蔵が登壇。それぞれが取り組む、持続可能な酒造りについて紹介しました。
長野県諏訪市「酒ぬのや本金酒造」
1756年に創業した「酒ぬのや本金酒造株式会社(以下、酒ぬのや本金酒造)」では、日本酒造りで生まれる酒粕を牛の飼料として活用し、その牛のふんを田んぼの肥料として酒米の栽培に利用。育てた酒米を再び日本酒造りに使うという、資源循環の取り組みを行っています。
さらに、諏訪湖の砂や廃棄される酒瓶をリサイクルして酒器を作るなど、地域の資源を生かした取り組みも紹介。「資源循環型」の酒造りを通じて、持続可能な酒蔵の在り方を模索しています。
また、地域の子どもたちに酒造りを伝える活動や、霧ヶ峰高原で日本酒と料理を味わうイベントにも取り組んでいます。酒蔵を起点に地域の魅力を発信し、次世代へ諏訪の自然や食文化を伝える活動にも力を入れています。

「本金」という名前には、左右対称の文字から「裏表のない本当の酒を醸す」という想いが込められています。
© Earth Sherpa / Photo: Daiki Tateyama
大分県日田市「クンチョウ酒造」
江戸時代、日田市豆田町で千原家が営んでいた丸屋酒造の土地や建物を冨安家が受け継ぎ、1932年に創業した「クンチョウ酒造株式会社(以下、クンチョウ酒造)」。300年以上の歴史を守りながら、現在は地元産米の利用を増やし、耕作放棄地を田んぼとして活用する取り組みを進めています。
また、日本酒の製造後に生じる酒粕をもみ殻と練り合わせて蒸留し粕取焼酎を作り、さらにその焼酎粕を田んぼや畑の肥料として利用しています。
「自然を使い、自然に還す」をモットーに、酒造りで生まれる資源を可能な限り循環させる取り組みです。
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秋田県湯沢市「秋田銘醸」
日本酒「美酒爛漫(びしゅらんまん)」で知られる「秋田銘醸株式会社(以下、秋田銘醸)」も登壇しました。
酒類製造に加え、米ぬかや酒粕を利用したサプリメントなどの製品開発にも取り組んでいます。
さらに、高齢化や後継者不足が課題となっている湯沢市の農業を守るため、農業水産課を設立し、社員自らが米作りに取り組んでいます。冬は酒造り、米作りの時期には農業に携わるという働き方を通じて、農業に関心のある人が湯沢市で働くきっかけをつくることも目指しています。

自社田で栽培した酒米を、伝統の製法で醸した秋田銘醸の純米大吟醸「環稲(たまきね)」。
© Earth Sherpa / Photo: Daiki Tateyama
イベントでは、3つの酒蔵の話を聞きながら、それぞれの日本酒を飲み比べました。酒蔵が抱える課題や、地域の農業・食文化を守る取り組みを知ったうえで味わう日本酒は、普段とはまた違った印象に。酒造りの背景を知ることで、日本酒をより身近に感じることができました。

クンチョウ酒造の「純米酒 日田山田錦 冨安」、酒ぬのや本金酒造の「純米酒 本金」、秋田銘醸の「純米大吟醸 環稲百田」を試飲しました。

日本酒と相性の良い鴨のピンチョスや、酒粕クリームチーズなどの軽食も楽しめました。
© Earth Sherpa / Photo: Daiki Tateyama
専門家と酒蔵が語る、日本酒の未来
イベント終盤には、酒造りの現場が直面している課題について、さらに具体的なディスカッションが行われました。
日本酒ライター・市田さん:2024年は暑さの影響で米粒が非常に小さかった。精米歩合(玄米を削ったあと、残ったお米の割合)がとにかく悪く、お米の値段も急激に下がっています。雄町を育てるには体力が必要になるため、高齢化が進むと農業をやめてしまう方も多いです。そういった課題を岡山県の酒蔵に理解してもらおうと、先ほども紹介した勉強会などを実施して意見交換を始めているという状況です。
秋田銘醸 製造部長・大友さん:温暖化により雪があまり降らなかったため、伏流水が流れてきませんでした。このエリアにはダムがないため、今年は雪解け水が不足し、田植えが難しくなる地域も出ています。そこで弊社では井戸を掘って、下流の地域にも水が届くように、地域全体の農業を支える活動に取り組み始めています。
クンチョウ酒造 蔵人・冨安さん:私が蔵人として困っているのが、温暖化で米の質が下がり、米が溶けにくく搾れるお酒の量が減る一方、酒粕が多く残るようになったことです。地域の飼料製造業者と協力して、酒粕で飼料を作る新しい取り組みも始めました。専門家を招いてデータに基づく製造法の対策も進めつつ、手触りや香りを見極める職人の勘や技も尊重し、融合していくことが大切だと考えています。
酒ぬのや本金酒造 9代目若女将・宮坂さん:働き方の面では、酒造りは非常に労働時間が長いことが課題です。小型機械による自動化や勤務体制の見直しを行い、24時間体制でなくても酒造りができる環境を整える必要があります。
気候変動による影響は、酒米の品質だけにとどまりません。水資源や酒粕など、酒造りを支えるさまざまな要素に及んでいます。酒蔵それぞれが時代に合った環境を模索するだけでなく、地域全体で支えていくことの大切さも見えてきました。

パネルディスカッションの様子。
© Earth Sherpa / Photo: Daiki Tateyama
トークセッション終了後には、登壇した酒蔵の日本酒を味わう交流会も開催されました。参加者のなかには、都内で酒屋を営み、酒造りの現場が抱える課題を知りたいという思いから参加した方も。
生産者や蔵人の想いを知り、地域の米を使った日本酒を味わう。その一杯が、農家を支え、田園風景や酒造りの技術を次の世代へつなぐきっかけにもなります。
丹精込めて造られた日本酒や粕取焼酎の試飲、酒瓶や諏訪湖の砂をリサイクルした酒器の展示も行われました。
「日本酒ファンに現場の声を」主催者が伝えたいこと
酒蔵や生産者の課題や取り組みを、なぜ日本酒消費者に発信しているのか。
本イベントを主催した「持続社会連携推進機構 アース・シェルパ」の吉田さんに、イベントを開催した経緯についてお話を伺いました。
——アース・シェルパが日本酒造りに注目されたきっかけを教えてください。
吉田さん:私たちにとって当たり前の存在になっている食文化のひとつが「日本酒」だと思います。日本酒造りは、農業とのつながりや特産品の創出、観光拠点としての地域活性化への貢献など、産業や地域を支えている重要な存在です。
次の100年もこの日本酒文化が続いていくためには、分野ごとに早急な対策が必要になっていきます。特に気候変動への対策として、蔵元や生産者など、現場の生の声を発信していきたいという想いがありました。
——本イベントは大手町での開催に続き2回目となります。今回、新橋で開催された理由を教えてください。
吉田さん:ビジネスパーソンの集まる新橋で、日本酒を身近に飲む方々に現場の課題を発信したいというのが大きな理由です。
会場の近くには、鳥取県と岡山県の共同アンテナショップ「とっとり・おかやま新橋館」があります。また、西新橋には、酒税の保全や酒類業の取引安定を図るために設立された「日本酒造組合中央会」もあります。
もともと日本酒ともゆかりのある場所であったことから、このエリアを会場に選びました。
——イベントには、どのような方が多く参加されていますか?
吉田さん:「SAKETIMES」という日本酒の専門メディアで告知しました。そこで知っていただいた方のほか、弊機構からお一人ずつお声がけしています。東京には日本酒のコミュニティが数多くあるので、そうしたコミュニティの皆様にもお声がけしています。
普段から晩酌を楽しまれる方に多く来ていただきたいですね。日本酒コミュニティに入っていても、いなくても、これからも日本酒を楽しんでいく方に発信していきたいです。
堅苦しい内容ではありますが、身近な日本酒を取り巻く課題、そしてそれに立ち向かって様々な取り組みを実践されている酒蔵さんがいることに目を向けてもらいたいという想いがあります。
もちろん、気候変動や環境問題に取り組む企業・団体は多くありますが、そこだけでは関心のある方以外にはなかなか広がりにくいので。次回開催も検討中ですので、都内にお住まいの方や勤務されている方は、ぜひお越しください。
日本酒が飲める未来を守るために
日本酒を愛する人に、酒蔵や生産者の声を届ける今回のトークイベント。
酒米を育てる農家、酒を醸す蔵人、酒米の生産や酒造りを支える専門家。手元にあるお酒は、自然の変化に立ち向かいながらも日本酒を次世代につなげるべく、たくさんの方の努力や信念があって成り立っているのだと実感しました。
日本酒を飲むだけでなく、その背景にある人や地域、自然に目を向ける、そんな味わい方を教えてくれたイベントでした。
【イベント概要】
「第2回 酒蔵・専門家から学ぶトークイベント 気候変動に立ち向かう日本酒を知ろう・飲もう!」
日時:2026年9月1日(火)
会場:グレイドパーク7F 新橋駅前(銀座口)
主催:持続社会連携推進機構 アース・シェルパ
メール:sake-event@earthsherpa.org

