【港区の港・水上交通編】知られざる水辺の魅力をつくり出す「株式会社ジール」
(TOP画像:「ジール」公式Instagramより 撮影/野澤様)
港区の水路や海を行き交う船たち。運輸、保安など多様な目的で使われている中で、観光事業を牽引するひとつに、クルージングが挙げられます。青い海と空の中、船に乗って観光や花火、遊覧を楽しむクルージングは、交通移動を兼ねた贅沢な時間。
船舶を軸に、観光、水中撮影、船舶販売管理、レストラン、ブライダル、海洋散骨……さまざまな海洋事業を展開している企業が「株式会社ジール」です。
今回は、同社代表取締役で、港区観光協会「水辺部会」の部会長を務めている平野拓身さんにお話を伺いました。
海洋事業で水辺を発展させたい
~起業と発展、未来への継承~
ゆりかもめ線芝浦ふ頭駅。レインボーブリッジの真下を通って向かったのは、海沿いに立つオフィスです。すぐ傍らには海が広がり、係留されるさまざまな船を見ることができます。吹き抜ける潮の香りに、晴天の陽射しを受けて光る水面。一時、ここが都心=港区だということを忘れそうなほど、非日常の輝きに満ちたビル内に、株式会社ジールがあります。
「水は資源。歴史の中心となった場所で、さまざまな可能性を秘めています」――東京湾を背に、力強く語った平野さん。その言葉通り、株式会社ジールは、海や船舶を中心に、さまざまなサービスや事業を展開し続けてきたのです。
「船には、内陸からでは決して見れない景色があります。都会の水辺は自然豊かで工場もあり、決して飽きません。さまざまな種類の船や飛行機を見学するツアーもあるのですが、海から間近に見上げると、また違った発見があります」
「株式会社ジール」の開業
神奈川県茅ヶ崎に生まれた平野さんは、もともと海好きでした。その延長線上で、船に関連した仕事を模索していた中、船舶の輸入販売やメンテナンスを行う会社を手伝うことに。こうして海洋業界に足を踏み入れた平野さんは、やがて独立し、芝浦エリアで「株式会社ジール」を立ち上げます。
多岐にわたって事業を展開
もともとは、知人から入手した中古作業船一隻から始まったというジール社。独立当時は、船上パーティを行う際も他社からクルーズ船を借りていたそうです。しかし、自社でクルーズ船舶を購入したことを機に、幅広く事業を拡大。
2006年には、天王洲アイル駅の近くに自社桟橋「天王洲ヤマツピア」をオープン。より良い料理をお客様に提供するため、2011年には同桟橋からすぐの場所に、初の飲食店となる地中海料理リストランテ「キャプテンズワーフ」を開業します。
「東京には水辺や運河が多いのに、生かしきれてない」と感じることも多かったそう。それゆえに、さまざまなクルーズやツアーを企画したりして、魅力の発信に務めています。
海洋を中心とした各事業は、互いにシナジー効果を生み、従業員数や所有・提携船舶数も増大。今後は、船舶の売買や管理、メンテナンスにも注力していきたいと語ります。
同社の手掛ける事業の一例として、下記があります。
遊覧観光事業
同社が企画するクルージングツアーは、バーベキューを楽しめる「ビアガーデンクルーズ」や「羽田空港沖でジェット機を眺めよう!クルーズ」「クリスマスデザートブッフェ&ディナークルーズ」など、個性的で楽しそうなものばかり。斬新な切り口のオリジナルクルーズを開発しています。
目黒川お花見クルーズの先駆け
春に大人気のお花見スポット・目黒川。その運河を巡るクルーズを先駆けて生み出したのは、株式会社ジールでした。発案のきっかけを伺うと、実は社員たちの和気あいあいとしたアイディアから生まれたそうです。
「もともと、社員みんなで早咲きの桜を見がてら、バーベキューをしようと東京湾から会社の船で目黒川にくり出しました。行けるところまで目黒川を上ってみようとスタッフの1人が言い出し、長い竿で水中を探りながら、実際に上ってみたんです。当時は、自転車など投棄されたゴミが川の中にあって……。ですが、目黒川の両側から桜が広がる、とてもキレイなエリアを発見しました。これはお客様も喜ぶだろうと、ツアーを組むことにしたんです。準備段階として、できる限り自分たちで川の中のゴミも撤去しました」
今でこそキレイなイメージがありますが、目黒川の清掃から始めていたというのが驚きです。
「当初は宣伝はほとんどしていなくて、近隣にチラシを配ったくらいでした。ですが、口コミで広まっていき、多い方は1年で7~8回参加した方もいらっしゃいました。自社桟橋の天王洲ヤマツピアからクジラ水門を曲がると、目黒川はすぐそこです。お客様にとっては、見るのも乗るのも効率がいいですね」
撮影事業部
海洋業界で技術、知識、ネットワークを「撮影ビジネス」の分野に活かしたのが「撮影事業部」。社内にはプロダイバーが所属しており、4K〜8Kの水中撮影にも対応。映画『沈黙の艦隊』、ドラマ『ドラゴン桜』など、著名なエンタテインメント作品やCMなどへの撮影実績も多数あります。
なんと、平野さん自身も水中カメラマンだというから驚きです。撮影事業部が誕生したのは、桑田佳祐の代表曲の1つ、『波乗りジョニー』のMVを撮影したことがきっかけ。その頃の技術ではフィルムカメラマンがいないと成り立たなかったため、「自分で撮ったらいい」と知人から勧められ、平野さんは撮影技術を学ばれたそう。
実は船舶関係の仕事に就く前は、映像の仕事に関わりたかったと明かしてくれた平野さん。当時の夢が、また別の形で巨大な花を咲かせたのでした。
ウェディング事業部
クルージングをしながら、ゲストや親族、新郎新婦も楽しめる「ジールウェディングクルーズ」。船は外に面した開放的な空間のため、密を避けることもでき、コロナ禍にあってもウエディング事業は回復が早かったそう。
風船を空に飛ばす「バルーンリリース」は、青い空や海にも映え、ゲストにも大好評。海を汚さない素材でつくられており、環境面でもやさしい配慮がされています。
海洋散骨事業
ウェディングと対をなす葬祭面でも、ジールは船ならではのサービスを展開中。海洋散骨「グランブルーセレモニー」では、東京湾はもちろん北海道から沖縄まで、希望次第で全国各地の港から出航し海洋散骨を行います。
桟橋や港の景観を損ねないよう、喪服は着ないようご案内しているので、乗船する場合も堅苦しい準備がいらないのが魅力。近年は「墓じまい」を兼ねて、先祖も一緒に散骨したい、という要望も多くなってきているそうです。
海洋教育事業部
「大人だけでなく子供にも、身近な水辺を体験し学んでほしい」――そんな想いのもと、2024年3月から始まるのが「海洋教育事業部」。未来をつくる次世代に、水辺の素晴らしさを継承していく予定です。
海洋教育事業部では、本格的に学習クルーズを実施。クルーズ中に、海を浮遊しているゴミを回収し、プラスチックの劣化具合や種類を確認します。また、海水を採り、顕微鏡を通してマイクロプラスチックなどを観察。身近な問題として子供たちに知ってもらうことで、海を豊かにする、今後の行動のきっかけをもたらします。
以前からジールは、東京海洋大学の教授と共同で、東京を流れる川と東京湾を船で巡り、水圏環境に関するリテラシーを高めてもらう海洋教育プログラム「TOKYO Sea School」に携わっていました。この春から、事業名称も新たに、再び学びの企画が始動します。
実際の船体を見学!
多様な船体を所有している株式会社ジール。今回はその中でも、「ジーフリート」と「ニフティ52」の艦内を見学させていただきました!
ジーフリート
大型パーティ船「ジーフリート」は、パーティや宴会でよく使用される船体。大人数で乗船でき、船内の装飾も可能。料理を出すのに適した船体のため、ウェディングでも活躍します。
新郎新婦の控室スペースも備えており、船をまるごと貸し切った披露宴会場は、忘れられない想い出になりそうです。360度の眺望が魅力のスカイデッキにはジャンボヒーターも備えてあるので、冬季の出席者も安心。
船内のスクリーンは、65インチの液晶LED画面。ウェディング以外の用途でも、前方の航路を映し出すなど、幅広く活用できて好評です。
ニフティ52
ヨーロピアンクルーザー船の「ニフティ52」は、高い視点から海を見渡すことができ、船長のガイドも聞けるのが人気の船。確かに、頂上まで上ってみると、「ジーフリート」よりさらに高いところから景色を眺められ、見晴らしが最高です。
元プレジャーボートだったというニフティ52の船体には、シャワー付きの寝室も完備。目的地までゆったりと寛ぐことも可能です。
ルーク
ほかにも、桟橋には運河・河川観光船「ルーク」が係留されていました。紅白が鮮やかな船体は、運河クルーズや海洋学習などで利用されています。
船と水辺の魅力
「目黒川を上ってみよう」――あの日あの時、ジール社員の一言がなければ、目黒川のお花見クルーズは、しばらく陽の目を見なかったかもしれません。そうした社員のアイディアを寛容的に受け止め、商品へと打ち出す平野さんの企画力があるからこそ、ここまでの主力商品へと成長を遂げたのでしょう。
「船の魅力は、視点の高さや開放感、風を感じられる非日常感」と語ってくれた平野さん。
「ジール」とは、情熱の意味。水辺を活性化し、人々が集まる場にしていこうとする平野さんとジールの取り組みには、並々ならぬ情熱を感じました。それはきっと、これからも。港区の水辺には、今日もジールの船が進み、情熱を持った企画や取り組みで、人々を惹きつけてくれることでしょう。
【株式会社ジール】
住所:東京都港区海岸3-33-17 東京ベイサイドビル2階