【港区の海・水上交通編】水の都・東京を自在に進む「ウォータータクシー」
縦横無尽に水路が街に張り巡らされた「水の都」――イタリアのヴェネチアさながらの景観が、日本の首都・東京にも、かつては広がっていました。
現代こそ、空輸、鉄道貨物、輸送トラックなど物流の手段はさまざまですが、古くから人々の暮らしを支えたのは船、すなわち水路を利用した輸送でした。
今なお、世界各国の貿易でも、多くの取引が海上輸送(コンテナ輸送など)で行われています。日本国内でのコンテナ取扱貨物量を全国の港湾別にみると、国土交通省港湾局の資料(コンテナ取扱貨物量上位20港ランキング)を見ても、ランキング1位は東京。横浜や神戸を抑えて、輸送の重要基幹を担っているのです。
時代とともに、江戸の水路は埋め立てが進んでいきましたが、迫力あるコンテナ船、タグボート、警戒船などの「はたらく船」は健在。港区の「港」には、文字通り人々の物流を支えた港町としての歴史が根付いていました。
今回は、そんな東京港や運河など、水路の交通に注目。お客様の希望次第で、水上を自由自在に駆け抜ける「ウォータータクシー」があると知り、東京ウォータータクシー株式会社COO(最高執行責任者)兼、東海海運株式会社経営戦略室室長の木村直樹さまにお話を伺いました。
「ウォータータクシー」とは? その魅力
ウォータータクシーとは、リムジンのようにチャーターできる水上タクシーのこと。「好きなときに、好きなところへ」をコンセプトに、海や運河など東京の水域を自由に航行します。
発着場は都内各所にあり、JR田町駅より徒歩圏内からの乗船も可能。都心からほど近い場所で、束の間の遊覧クルーズを楽しめます。同じ水上ルートでも、「水上バス」とは下記の点が異なります。
- ダイヤがない
ウォータータクシーには、水上バスのような決まったダイヤ(運行スケジュール)がありません。乗り降りしたい場所と時間を指定して乗船できます。
かつて船着場の大半は利用の数日前に予約する必要がありましたが、少しづつ環境が整備され、昨年春には予約システムを導入。一部の発着場では、前日や当日でも予約の受け入れが可能になりました。
- 貸切できる
乗合ではなく、貸切でチャーターできるのも大きなポイント。船内にはテーブルがあり、飲食物も持参可能なため、ピクニック気分で家族や友人と盛り上がれます。
- 16もの多彩な船着場でコースも豊富
発着場は自由に選べ、コースの総数は1000以上。直進を含む推奨コースを選択する「ベーシックライド」のほか、希望があれば「カスタムライド」で自由にアレンジもできます。
安全性も兼ねた黄色いボディカラー
黄色は見ているだけで元気になる、ビタミンカラーの1つ。海や運河でも、ひときわ目立ってよく映えます。同時に、ほかの船から視認しやすくするためでもあるのだそう。
夜間にライトを点けるのも、美観を生み出すだけでなく、同じく互いの安全を保つ上でも有効だったのです。
小回りのきくボディ
潮位が高いときの橋への衝突リスクと、低いときの座礁リスク双方を回避。そして狭い運河でも反転できるように、ボディはかわいいコンパクトなデザイン。
ほかの船が通れないような運河や橋も、ウォータータクシーなら通り抜けられます。橋ゲタを間近で下から眺めることなんて、そうそう体験できません。
「ウォータータクシー」誕生の経緯と歴史
北海道・函館出身の木村さま。小さいころの遊び場だったふ頭やレンガ造りの倉庫街が少しづつ変化してゆく様を見ながら育ってきた木村さまにとって、就職活動で初めて訪れた芝浦の景色は懐かしく感じられたそうです。そしてその芝浦も、大きな変貌を遂げつつありました。
1980年代、ウォーターフロントブームの先駆けとなったのが「インクスティック芝浦ファクトリー」というライブハウスと、隣接する「TANGO」というカフェ。TANGOは現在、「Mi tiempo」というカフェになっており、店舗の目の前からウォータータクシーに乗船もできます。これらの事業を中心になって手がけたのは、港湾物流会社である東海海運株式会社代表取締役社長兼、東京ウォータータクシー株式会社CEOである鶴岡純一さま。「ウォータータクシー」と命名されたのも、鶴岡さまだそうです。
臨海副都心の建設が始まったのもちょうどこの頃。港湾物流の世界では、船で作業現場に赴くのがあたりまえでしたが、一般の方々の往来はまだ少ない時代でした。「東京港の真ん中に街ができれば、一般の方も自由に船で行き来する時代が来る」――鶴岡さまは、その当時から水上タクシー事業の構想を抱いていたそうです。
時を経て、東海海運さまだけでなく、他の港湾運送事業社さまとの協同出資により、「東京ウォータータクシー株式会社」は事業を開始しました。船着場を管理するのは、都や区などさまざま。それらの関係者に話を通し、承諾を得るなどの困難を乗り越え、一般客がウォータータクシーを利用できるようになりました。屋形船やレストランシップ、水上バスなど、東京の水辺には多様な船が行き交っていますが、そんな中でもコンパクトな船を用い機動力の高いサービスを提供する東京ウォータータクシーの存在は異彩を放っています。
乗船しながらタイムトラベルができるツールとして、木村さまがお勧めしてくださったのが、現Stroly社が開発・運営するアプリ「こちずぶらり」。ダウンロードすれば、イラスト地図とGPSの位置情報が連動し、現在地の旧時代の様子が表示されます。たとえば1844年の江戸を選択すれば、当時の街並みがスマホ上のイラスト地図で蘇るのです。目前に広がる景色を見ながら、昔はこの建物も川だったのか、この街まで水路があったのかなど、比べてみても面白いですよ。
コロナ禍で生まれたサービスは今なお好評
ドッグフレンドリーサービス
リードをつけたまま、愛犬と一緒に船で観光できる……東京ウォータータクシーが他社に先駆けて開始した「ドッグフレンドリー」サービスは、コロナ禍が続く中、とある常連客の要望から生まれました。
コロナのために遠出できないから、せめてワンちゃんと水上タクシーに乗ってリフレッシュしたい。そんなお客様の想いを叶えるため、スタッフが知恵を出し合いました。
ただし、サービスを提供する上で、さまざまな規則を定める必要がありました。幸い、スタッフのご家族に獣医さんがいらしたため、専門家のアドバイスを聞きながら、飼い主と愛犬、双方が安心して利用してもらうためのレギュレーションを制定しました。
それをもとに国交省に相談したところ、「素晴らしい取り組みですね」とご快諾。さらに、大部分の桟橋管理者も「それはいいサービスですね」と賛同してくれたそうです。
「コロナがなかったら生まれていなかったかもしれない」――「ドッグフレンドリーサービス」は愛犬家たちの間で根強い人気を誇り、口コミで広がりました。コロナが5類感染症に移行した後も、同サービスは継続していくそうです。
ドライブスルーサービス
さらにもう1つ、コロナ禍で生まれたサービスもあります。それは利用者が船に乗りながらおいしいフードを受け取れる、「ドライブスルーサービス」。
事前に依頼しておけば、手ぶらで船に乗り込んでピクニックが楽しめると大好評。たとえば「マグロ卸のフィッシャリーズテラス」さまは、新鮮なマグロ丼を提供してくれます。
フードを受け取ったお客様は、その場で代金をお渡しします。
新型コロナウイルスが蔓延する中、船と飲食店が新しいアクティビティを提供して苦境を乗り越えようとし、生み出された「ドライブスルー」サービス。お客様にとっては、街に息づく「おもてなしの心」を感じ取ることができ、今後もアトラクションの1つとして続けていかれるそうです。
乗ってわかる、東京湾と水路の景色
ベテランスタッフの技術で贅沢な時間を堪能
東京港に出れば、スピードは一気に加速。波の軌跡を残しつつ、海上を走破するウォータータクシーは「これぞ船!」という勢いに満ちあふれています。ライフジャケットを着用すれば後方デッキにも出られるので、各所に用意された手すりにつかまりながら、見ごたえのある景色を贅沢に独り占め。
水門を抜けて運河に入れば、一転、水の流れも穏やかに。夕方時に乗船すれば、サンセットを堪能できます。
海や川、運河……水の流れを知り尽くし、的確に見極めるキャプテンの操船術があるから、ゆったり過ごしたい人、目いっぱい観光したい人、さまざまなニーズに応えられるのでしょう。
デッキに出ている間は、アテンダントさんが見どころを丁寧にご案内してくれます。筆者が乗船した「カスタムライド」(コースをカスタムしたルート)では、贅沢に東京タワーやスカイツリー、レインボーブリッジ、お台場海浜公園付近と野鳥の宝庫である第六台場、ガントリークレーンなど、多くのスポットを目にすることができました。
出会った船も実に多様。タグボート(大型船を牽引・補助する船)、レストランシップ、屋形船、海上保安庁の船など、大きさも用途もさまざまでした。デッキに出ると、思わず時が経つのを忘れ、海や運河の景色に目を奪われます。
なお、寒さや暑さに弱い人は、エアコン完備の船室内で、椅子に座って窓から悠然と景色を眺められるのでご安心ください。
ユリカモメも飛んでくる!
航行中、臨海副都心モノレールの名の由来でもある鳥「ユリカモメ」が寄ってきました! とっても人懐っこいユリカモメは、渡り鳥。秋頃にロシアから日本へやって来て、春には再び渡っていきます。秋~冬は白っぽい羽毛をしていますが、春になると頭部の色が黒くなると、アテンダントさんが教えてくれました。
“遺構”を人々が船で行きかう“往来”に
運河沿いの倉庫から突き出たクレーンも、実際に見学することができました。
「運河はもともと船で物資を輸送するために人工的に作られたもの。これを遺構として放置することなく、人々が舟で行きかう往来として活かしたい」――変わりゆく水辺の姿を目撃した木村さまの言葉は、非常に重みがありました。
木村さまのお話を伺うと、自社だけではなく、他社さまや田町付近の飲食店と一緒になって東京を盛り上げていこうという熱い想いを感じました。だからこそ、コロナ禍という厳しい状況に置かれても、周囲と手を取り合って新たなサービスを次々と打ち出し、新たな主力商品にまで発展させていったのでしょう。
春には毎年好評の、桜舞う目黒川を散策するお花見運河クルーズを予定しているということ。薄紅色の桜舞う中の遊覧は、なんとも贅沢な時間でしょう。
「東京の水辺は都民ですら知らない宝の宝庫。その中でも港区は多様な水域を内包しています」――木村さまは、港区とその水辺に対し、そう解説してくださいました。
港区は都心からもアクセスしやすい地域です。海に癒しを求めたい時は、ぜひウォータータクシーなどの船から水辺を遊覧して楽しみながらも、知らなかった東京港の歴史と、今なお残る“水路”に想いを馳せてはいかがでしょうか。
【東京ウォータータクシー株式会社】
東京営業所
住所:東京都港区芝浦2-1-11
予約窓口:11:00~19:00
定休日:毎週月曜日
※祝日の場合は翌火曜日
お問い合わせ:03-6673-2528
info@water-taxi.tokyo