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【株式会社CHANT】起業したことで感じた商品を中心に人と人が繋がる喜び【港区のベンチャー企業】

2024年6月12日

JR田町駅、三田口から徒歩約4分に立つ、港区の複合施設・札の辻スクエア。令和4(2022)年に竣工したばかりのこの建物の中には、地元や会社員の方が愛用されているスーパーマーケットのほか、「港区立三田図書館」「港区産業振興課」「観光政策担当」「観光インフォメーションセンター」などの、区の窓口機能、そして、「港区立産業振興センター」が入居しています。

「港区産業振興センター」は、「企業・人・地域の力」をひとつに結び付け、最新の情報や技術を提供するための「未来発展型の産業振興拠点」として作られた、起業家やクリエイター、中小企業の支援施設です。スタートアップ企業として、新たな事業を始めようとしている若い方から、大企業から独立されて次なるステップを目指しているベテランまで、さまざまな方が集まり、次々と新たな事業が生まれています。

「いざまち」では、これまで町に根付く歴史について多く取り上げてきました。ですが今回はいつもと趣向を変え、これから町へ根付いていくであろう起業家様に着目してみました。

お話を伺った方は、株式会社CHANTの代表谷岡亜希子様です!

アトピーで苦しむ息子さんのために独学で製造法を学んだシャンプーバー

まずは、CHANT様の事業について教えてもらいました。

“全身シャンプーバー”という固形シャンプーと、美容液の企画販売を行っています。天然由来の素材にこだわってますので、肌に優しく、顔も体も髪の毛もこれひとつで全部洗うことができます。このような商品は女性の愛用者が多いイメージですが、最近は、全身一気に洗える楽ちんさから、男性のお客様も増えているんですよ。自然環境に優しいし、荷物も減るということで、キャンプやツーリングのお供としても人気です

シャンプーバーは、石鹸のような見た目をしていますが、石鹸とは全く異なる洗浄剤です。一般的な石鹸は、油と苛性ソーダという強アルカリ性の界面活性剤を混ぜて鹸化(化学反応で固体化)したものですが、シャンプーバーはココナッツ由来の洗浄パウダーを、オイルや粘土で練って押し固めたもの。天然由来の成分だけで作っているため、肌荒れを気になさる海外の方々はよく手づくりして使っていらっしゃるそうです。ですが、日本ではあまりなじみのないそんな商品を、どうして作ろうと思ったのでしょう。

「きっかけは、息子のアトピーだったんです」

谷岡さんは、慶応大学を卒業して証券会社や法律事務所で働かれた後、育児に専念していました。その裏には大変な苦労があったのだそうです。

「息子は生まれながらにアトピーをもっていました。痒くて眠れない息子の姿を見て、なんとか助けてあげられないかと苦心しました。様々な市販品を試したり、食べ物を試したり、有名なお医者さんに連れて行ったり。あらゆる手段を試してみたのですが、一向に息子の症状は改善されませんでした」

八方ふさがりとなったある日、谷岡さんはアメリカの知人からシャンプーバーの存在を教えてもらいます。ネットで検索をしてみたところ、材料を買えれば家でも作れることが判明。元々物づくりが好きだったこともあり、息子さんの肌に合うシャンプーバーを自ら作り始めます。日本人の肌に合うように日本の材料を使って改良を続けた結果、辿りついたのが、椿油と椿の種を原料に使ったシャンプーバーでした。このシャンプーバーにより、息子さんは、日に日に快適に過ごせるようになっていったそうです。

「このまま、自宅で使う分だけ作っているつもりだった」

と、谷岡さんは仰います。それがなぜ事業化へと繋がっていったのでしょう。

息子に社会経験をさせてあげたいと二人三脚で起業

谷岡さんとは産業振興センター内の会議室で待ち合わせをさせてもらった。この会議室も、格安でレンタルできる

全く事業化などは考えていませんでした。起業のきっかけも息子なんです。息子が中学生になったころ、ちょっとしたきっかけで学校へ行けなくなってしまいました。いわゆる、不登校です。私は、このまま息子が一生こもっていたらどうなってしまうのだろうとひどく不安になってしまいました。せめて、将来一人になっても生きていけるだけの社会経験を積ませてあげたい。そこで、「商売というものを一緒に勉強してみようよ」と、これまで趣味で作っていた雑貨を持ってバザーやマルシェに出店し始めました。雑貨や絵は売れなかったのですが、友人やお客様との会話の中で“シャンプーバーなら欲しい”と商品化をすすめられたことがきっかけで、元々凝り性だったこともあり、『どうせやるならちゃんとやりたい。だったら事業化してしまおう』ということになりました。息子に、何か残る形での経験をさせてあげたいという気持ちもありました」

中学生のうちから、起業の経験をされているお子さんなんてほとんどいません。息子さんは本当にうらやましい限りです。事業を立ち上げるために、どのような準備をされたんですか?

「別に私は起業や経営の勉強をしてきたわけでもないので、最初はネットで調べました。その中で、丸の内にTOKYO創業ステーションという、東京都中小企業振興公社が行っている起業相談窓口があることを知ったんです。まずはここに相談に行きました。この頃の私は、本当に何も知らなかったので、初手の初手“何をすればいいのか”から色々と教えてもらいました。そうしてお話をしていく中で、港区産業振興センターの存在を教えていただいたんです」

実際に産業振興センターに行ってみて良かったことはどのようなところでしょうか?

「私たち親子と同じように起業を夢見た方が集まっていたことはものすごく心強かったです。何よりも心の励みとなったのは、新しく事業を立ち上げようとされている、ベテラン実業家の方もいらっしゃったことです。そういった先輩方から、起業についてのアドバイスを頂けることが本当に大きかった。ただコーヒーを飲みながら、交流をするだけの時間をつくるといったことも産業振興センターさんでは行ってくれています。普段はお仕事をされているから話しかけにくい先輩方に、ここぞとばかり色々と質問ができます。さらに、興味のある分野について専門家や関係者を招いて集まってくれる“ヨリミチ部”というイベントも開催されています。センターの職員さんも、色々とご相談に乗ってくださるので、全く未経験の私でも、こうして事業を回していくことができています

事業を進める上で大事になるのは、ネットワーク。そう考えると、港区産業振興センターという拠点をHUBにして、色々な方と繋がれるというのは大きなアドバンテージです。こうして谷岡さんのCHANTは、2023年無事起業し、現在はECサイトでの販売と、イベント出展を中心に活動をされています。

「先輩方と繋がりをもつことで特に助かったのが、都内のさまざまな企業が集まる展示会へ、私のような新人でも参加できるということを教えていただけたことです。もしこの出会いがなければ、展示会というのは大企業しか参加できないものだと勝手に思い込んでいました。過去、展示会に出された経験がある先輩から、出展にあたり必要な細かな予算や助成金のことを聞けたことで、思ってもみなかったような大きな展示会でも頑張れば出られるんだと、今後の挑戦のきっかけになりました。すでに先に進んでいらっしゃる方が、後進の私たちの目線からのアドバイスを下さるのは大変助かっています

広がるCHANTの商品展開と夢

シャンプーバー「TANE」。全身をくまなく洗えて、一個で2ヶ月使用できる。

現在、CHANTの主力商品は、椿油と椿の種で作ったシャンプーバーの「TANE」と、酒粕エキスとアルガンオイルを原料に作られたシャンプーバーの「KIYOME」です。「TANE」は、椿油の生産で知られる東京都大島の椿油を原料に、低刺激で弱酸性なシャンプーバー。「KIYOME」は山形の老舗酒造所の熟成酒粕から抽出されたエキスを用いて、美肌効果を高めたシャンプーバーです。

「ありがたいことに口コミで、国内だけでなく、海外のお客様からも好評をいただいているんです。ですが、家族のために1人で作っていたころと違って事業の規模が大きくなると、色々な方の手をお借りすることになるので、今はそこの調整であちこち飛び回っています。以前の私なら、良い物を作っていればそれで良いだろうと考えていました。ですが、事業化すると、取り扱ってくださるお店の方や、シャンプーバーの製造を委託している工場の方など、関係者がどんどん増えてきます。協業してくださる方にご迷惑をかけるわけにはいかないので、マイペースでという訳にはいかなくなり、苦手でもやらなければいけないことや調整業務が増えていて、大変さを感じています。パートナー企業の方々にも恩返しができ、お客様にも喜んでもらえて続けられるよう、今後も商品ありきの事業というところはぶらさず頑張っていきたいです

そんな谷岡さんの想いを込めて開発された新商品が、この6月からMakuakeでクラウドファンディングを開始します。

「今回開発した商品はSAKIというオイル美容液です。2023年に起業してからこの1年、シャンプーバーで肌や髪を綺麗に洗ったあと、どのように保湿ケアをすれば良いのかというお客様からの問い合わせが非常に多かったんです。そこで、その声に応えられるよう、1プッシュでお風呂の中で保湿完了できる、1本9役のオイル美容液を開発しました。私自身も毎日使っていて、おすすめです」

精力的に事業を展開される谷岡様。これから、どのようにCHANTを育てていきたいのでしょうか。

「実は起業のきっかけとなった息子は、この春から高校に通い、忙しくしています。おかげで事業を手伝ってくれる人手は減ってしまいましたが、息子が頑張るのなら私も頑張ろうと決意を新たにしています。まず、海外、特に東南アジア圏のお客様が多いので、CHANTの商品を取り扱ってくれる現地法人を探しています。またCHANTの商品で、私と同世代の女性を応援していきたいという想いもあります。私たちくらいの年代になると、育児とか介護とか、仕事以外のさまざまなタスクが生活にのしかかってきて、板挟みになっている方がたくさんいます。そういう方々を応援したい。私どものシャンプーバーは、天然由来成分ですので赤ちゃんのお肌も洗えますし、頭も体も同じものを使って洗えるので、入浴介助が必要なお年寄りの介護負担を軽減することもできます。また、TANEは無香料で、臭いに敏感な方にも使うことができます。今、介護の現場でお役に立ちたいと施設の方々とお話もすすめています」

谷岡さんには、物凄く具体的なビジネスプランがあり、とても新人起業家とはおもえません。そう伝えると、「仕事は楽しいです。お金を稼ぐのは難しいですけどね」と笑っていらっしゃいました。一介のサラリーマンである私から見れば、初年度としては十分すぎる成功を収めているように見えるCHANTですが、谷岡さんのなかではまだまだ納得はいっていないようです。

起業って、すごくお金がかかって大変なことと思われる方が多いと思うんですよ。でも、実際は全然そんなことないんです。50万円もあればできちゃうし、無料でプロが助言してくれる行政サービスがたくさんあるので、知識ゼロからスタートできます。港区のスタートアップ支援って、本当に充実しているんですよ。CHANTは、実店舗を持たずイベント中心に動いておりますので、イベント間近になると刷り物や装飾を制作する必要がある。そんな時に、産業振興センター様のビジネスサポートファクトリーを使えば印刷機や3Dプリンターなどを格安で貸し出してくれるんです。初期は商品パッケージもファクトリーで作っていました。だから、工夫次第でいくらでも初期費用は削減できる。そのことは、知ってほしいですね」

産業振興センター9Fのビジネスサポートファクトリー

ちなみに、2024年8月2日には、谷岡さん主催で産業振興センターで“みなCoCoフェス 2024”というイベントが開催されるそうです。産業振興センターを拠点にする起業家たちの先導者として、CHANTと谷岡さんはまだまだ走り続けていきそうです。

「産業振興センターさんをHUBとして、出会った女性起業家を集めてイベントをして、お互いに助け合ってエンカレッジするコミュニティが育っていくといいなと思っています」

と谷岡さんはフェスを通じた夢についても教えてくださいました。最後に、谷岡さんにとって事業化とは何かを伺うと、とても印象的なお話をしてくださいました。

「事業を始めて、モノは人を繋げるということを実感しました。マルシェの出展の手伝いを息子にさせていると、お客様と話す私の姿をみた息子が『僕は母さんほど口がうまくないから』と言うんです。でも、CHANTにはシャンプーバーという自信を持っておすすめできる商品があります。商品があれば、口下手と自分のことを評価している息子であっても、その商品について老若男女問わずお客様とお話することができて、そんな人々とのふれあいが、息子の疲れた心を回復させてくれたと思います。そして、商品をきっかけにして広がっていった会話の輪が、人脈となってさらなる事業へ繋がっていく。どこまで行ってもCHANTはモノづくりの会社なんです。これからもCHANTは、モノを中心にして人を繋げていく事業を行いたいと思っています」

 

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