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徳川家康公の念持仏を民衆に開放! 東京タワーのふもとにある“開かれたお寺” 宝珠院

2024年10月15日

港区のお寺と言えば? パッと思い浮かぶのは、やっぱり増上寺かもしれません。徳川家の菩提寺として、現在も徳川15代将軍のうち、2代将軍・秀忠をはじめ6人の将軍や徳川家に所縁のある方々の霊廟があります。

そんな増上寺のすぐ裏手にあるのが、増上寺塔頭 三緑山 宝珠院。2019(令和元)年に建て替えられたモダンな寺院には、徳川家康公にまつわる秘仏のほか、港区指定有形文化財の閻魔大王像などが鎮座しており、さまざまな逸話がてんこもり。

今回は、そんな宝珠院の歴史や見どころ、そしてモダンな本殿の意図について、住職の森 俊人さんにお話をうかがってきました!

増上寺塔頭 三緑山 宝珠院 住職 第23世
森 俊人さん
「京都、鎌倉、増上寺の行を得て、2011年に宝珠院の住職に就任。愛犬の副住職と共に日々仏道修行中です」

徳川家康公の念持仏を市井の人も参詣できるよう開創された宝珠院

まずは、宝珠院の歴史から教えてもらいましょう。

「1685(貞亨2)年、増上寺の30代目のご住職・霊玄上人が建立されました。私で23代目。江戸時代、増上寺に安置されていた徳川家康公が篤く信仰していた『開運出世大辨才天』を誰でも参詣できるように、それを祀る場として建立されたんですね。白いお顔の弁財天様の後ろに、厨子に安置されている秘仏『弁財天尊像』もいらっしゃるのですが、こちらは毎年、4月17日の家康公のご命日に合わせてご開帳しています」

開運出世大辨才天※画像提供:宝珠院

「秘仏でもある『弁財天尊像』は、弁財天様の聖地と言われている、琵琶湖の竹生島にある三井寺の円珍様というお坊さんが彫られた仏様です。800年代とすごく古い時代の話ですね。
最初は当時の天皇家に奉納され、後に源頼朝公が引き継がれたんです。で、頼朝公が鎌倉にお持ちになられ、その後もさまざまなお上人の手を経たのち、最終的に徳川家康公の代になって、増上寺にお持込みされました。
ただ、増上寺は徳川家の菩提寺。当時はいまのように一般に開放されておらず、素晴らしい仏様がたくさんいらっしゃるのに、徳川家の人間以外は入れなかった。でもそれではあまりにももったいない、多くの人に参詣してほしい。そこで、先ほど申し上げたように、初代住職である霊玄上人が増上寺から出されたんですね」

源頼朝や徳川家康が信仰していた、歴史的にも重要な弁財天様を増上寺から出す、ってかなりの大事では? と驚いていると、ご住職も「相当な努力をされたと思いますよ」と一言。

「いまも境内には池がありますが、東京タワーができる前までは、ここから赤羽橋の駅の方まで続く、大きな蓮池でした。弁財天様をお祀りするために、わざわざ池の真ん中に弁天島を作り、弁天堂を建てられたんです。当時は、池にかけられた太鼓橋を渡って、弁財天様をお参りしていたんですね」

「江戸名所図会」には弁天池や弁天島の絵も描かれています

宝珠院から赤羽橋の駅までは、歩いて5分程の距離。本当に大きな蓮池だったんだな、と実感できます。「宝珠院から赤羽橋の駅に向かうと、左手にザ・プリンス パークタワー東京が見えますが、歴史の先生に聞くと、あの辺りまで池だったそうですよ」と、ご住職。

現在も橋を渡って弁財天様にお参りできます

「昭和30年代に東京タワーができるまでは、この辺りは森みたいな感じで、木が覆い繁っていて……という場所だったみたいですね(笑)」

物心ついた時から東京タワーやホテルがあるのが当然でしたが、自然に囲まれ、江戸時代には「東京三大巨大寺院」とも言われた増上寺のすぐ裏に東京タワーができていく過程、当時の人たちは本当にワクワクしたでしょうね(と、思わず映画『ALWAYS 三丁目の夕日』を思い出しました)。

現在は弁天池に東京タワーの姿が映り込むことも ※画像提供:宝珠院

お寺なのに山門ナシ! 気軽に立ち寄り、多くの人に寄り添ってくれるお寺

歴史を教えていただいている中で、「実は当時、宝珠院は別の場所にあったんですよ」というご住職のお言葉が。

「赤羽橋の駅の交差点にガソリンスタンドがあるんですが、最初はあの場所に宝珠院があったんです。東京タワーができるのに合わせて、先々代の時代にお寺を動かしたんですね。いまお寺がある場所は、もともと茶屋だったんです。いまでもその茶屋の方がいらっしゃることがありますよ。“僕はここで育ったんだよねぇ”なんて懐かしがられたり(笑)」

創建時、宝珠院はこの場所にありました

「この辺りにはお寺が多いですよね。うちもそうなのですが、全部、増上寺の塔頭(大きな寺院の敷地内にある独立した寺院)で、浄土宗のお寺だけで29カ寺あります。他の宗派も合わせると、もっともっとあって。昔は60近くのお寺があったそうですね」

どうしても徳川家の菩提寺でもある、いちばん大きい増上寺に意識を持っていかれてしまいますが、実は芝公園周辺はお寺が密集しているエリア。

「当時は、各お寺に本堂はなくて、増上寺が本堂という位置づけで、各お寺にはそれぞれ役割があったんですよね。将軍家のお寺、江姫のお寺……など。
増上寺の正面には、いまでも大門がありますよね。で、将軍様が入るための門が御成門。当時は赤羽橋の駅の交差点辺りに“赤羽門”というのがあったんです。増上寺は観光地としても相当賑わっていたらしく、赤羽門は、市井の方々が使う門でした。門のすぐ横にあった宝珠院の役割は、増上寺にいらした一般の方々をお迎えすることだったんです。
なので、赤羽門が開けば、宝珠院にもいらしていただける。そのため、創建時から山門がないお寺なんです」

増上寺を中心とした塔頭を描く地図  ※画像提供:宝珠院

そして、ちょっと話は逸れますが……、とご住職。「明治の頃は、この地図にもある梅公園に温泉が湧いていて、ワインバーもあったらしいですよ。武家屋敷も多かったし、ハイカラな場所だったみたいですね」

明治時代にワインバー! やっぱり当時から港区周辺ってオシャレタウンだったのかもしれません。

ガラス張りのモダンな造りの意図とは? 仏様や神様の向きにも注目を!

ガラス張りで明るく、モダンな寺院  ※画像提供:宝珠院

宝珠院は、外観だけ拝見すると、いい意味でお寺っぽさがありません。

「令和元年の建て替え時に、設計士さんに“山門はどうしましょう?”と聞かれたんですが、“いや、昔から山門はないんです”と。お寺に山門はつきものですが、山門って、ちょっとかしこまったり、入りづらい気分になっちゃうでしょう?(笑)
お寺を建て替えた時にガラス張りにさせてもらったんですが、実はこれも、初代から続くコンセプトに沿っているんです」

ガラス張りとどういう関係があるんだろう? とお話を聞いていくと、納得のお答えが。

ご本尊である阿弥陀如来像 ※画像提供:宝珠院

「宝珠院には、ご本尊である阿弥陀如来様のほか、薬師如来様、開運出世大辨才天様、閻魔様、子の権現、妙見菩薩様がいらっしゃいます。ガラス張りにしたことで、すべての仏様・神様のお姿を、境内からご覧いただけるんです。
赤羽門が開いている時間はいつでもいらしてください、というのが霊玄上人のお考え。なので、早朝でも夕方でも、いつでもいいからお散歩のついでにお参りくださいね、仏様や神様はいつでも寄り添ってくれていますよ、と感じてもらいたいからなんです」

薬師如来像 ※画像提供:宝珠院

最初にうかがった時、デザイン性に富んだお寺だなぁ、と思っていたのですが、そういう意図があったとは!「でもね……」と、ご住職が笑顔で続けます。

「実は蕎麦屋と間違えて入ってこられる方がいらっしゃって(笑)。寺務所にいらして、“あら? 御守りじゃない。蕎麦じゃないの?”って」

言われてみれば、こういう雰囲気のお蕎麦屋さん、ありそう! お散歩の途中、お蕎麦を食べようと思ったらお寺だったなんて、なかなか聞けない笑い話。もうお蕎麦屋さんにしか見えなくなってしまいそうですが、仏像・神像の向きにも注目とのこと。

「実は、閻魔様だけが道路を向いているように安置されていて、あとの仏様・神様は全部池側を向いているんです。なぜかと言うと、閻魔様に、通り過ぎる方々に悪い人いないかな? と、にらみを利かせていただいているから」

閻魔大王とその左右の司録・司命 ※画像提供:宝珠院

閻魔様が見守ってくれる通りは、とっても安心して歩くことができそう。でも、通りから少し奥まっているとはいえ、前を通る子どもたちが怖がってしまうこともあるのでは……?

「怖いですよねぇ。私も子どもの頃、“こわいー!”って思っていました(笑)。いまでもご近所の方はもちろん、隣に増上寺の幼稚園があるので、子どもたちもよく来ていますよ。
閻魔様も宝珠院の創建時からいらっしゃるので、子どもの頃に来られていた方が久しぶりにいらっしゃって、“この閻魔様、昔はもっと大きかったと思うんだけど……”と言っていたり。ご自分が大きくなられたんですよね(笑)」

暗くなると迫力満点! 焔魔堂からお顔をのぞかせる閻魔様 ※画像提供:宝珠院

ウソをつくと舌を抜かれる、極楽か地獄か判断する閻魔様は、怖い存在と刷り込まれていましたが、実はとっても慈悲深い方とのこと。

次回は、港区の重要文化財にも指定されている閻魔様について、じっくりご紹介します!

増上寺塔頭 三緑山 宝珠院
住所:東京都港区芝公園4-8-55
寺務所受付/9:30~16:30
アクセス:都営大江戸線「赤羽橋駅」より徒歩約5分、都営三田線「芝公園駅」より徒歩約7分

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