
都心で広がる「舟旅通勤」! 水辺を結ぶ2航路に乗ってみた
2025年5月14日に、東京都が推進する「舟旅通勤」の3番目となる航路、五反田~天王洲航路が運航開始しました。
港区の日の出ターミナル?からも、中央区晴海に向かう航路がある「舟旅通勤」。なぜ今になって「船」なのでしょうか? 東京都の狙いについて解説するとともに、五反田~天王洲航路と晴海~日の出航路に実際に乗船。乗り心地や使い勝手を取材しました。
なぜ都心で「舟運」? 現状と東京都の目的とは
東京都心部では、観光以外の用途にも利用できる「交通手段としての航路」が近年続々と登場していることをご存知でしょうか。
東京都は、沿岸部や目黒川などの主要な河川に船着き場を整備することで、災害時に人や物資を水上から運べるようにする取り組みを進めています。同時に、近年力を入れている東京湾を中心とする「水辺」エリアの振興策として、整備した船着き場の平時から活用する「舟運活性化」を掲げています。
これは現状の交通網の代替策というわけではなく、車・バスに比べると低いCO₂排出量や、都心の運河網を生かしながら、混雑が続く都心の鉄道・道路網を補完する目的です。
「交通手段としての航路」は、2016年から東京オリンピックでの活用を見据えたテスト航行が開始されていました。東京オリンピックの際には、残念ながら新型コロナウイルスの影響などで活躍の機会はなかったものの、2021年に策定された東京都の「未来の東京」という政策群の一部として正式に組み込まれています。2022年からはいくつかの航路について、東京都による社会実験として有料の航行が行われました。結果として、2023年10月から日本橋~豊洲間の航路、2024年4月からは晴海~日の出航路が営業開始。約一年の間をおいて、2025年5月14日には五反田~天王洲間の航路も航行開始しました。
いざまち編集部では、2025年7月時点で最も新しい航路である五反田~天王洲航路とともに、港区に関連する航路として、浜松町にも近い日の出から出航し、晴海まで結ぶ航路を取材。
これから乗船してみようという方のために、「乗り心地や使い勝手はどう?」「乗っている間はどんな景色が見られる?」などの気になる点を、2航路に実際に乗って確かめました。
五反田~天王洲航路に乗ってみる!
五反田~天王洲航路に乗るため、まずは五反田駅近くの船着き場を訪れました。
五反田の船着き場は、JR五反田駅から徒歩約3分、東急池上線の五反田駅のほぼ真下にあります。早速、都心ではめったに見られない鉄道と船の組み合わせが!
「舟旅通勤」ののぼりが目印の船着き場の前には、取材当日も乗船待ちの方々が何人もいらっしゃいました。
気になる乗船方法ですが、Webによる事前予約チケットか当日現金支払いでの乗船になります。当日現金支払いでの乗船は空きがある場合のみとなるので、確実に乗船したい場合はWeb予約をおすすめします。
乗船料金は、2025年7月現在大人(中学生以上)900円、子ども(4歳以上〜小学生以下)500円(3歳以下無料)。ただし大人1名につき子ども1名は無料で、子どもが2名以上の場合に子ども料金がかかります。ベビーカーや自転車を持っての乗船も可能です(台数に限りあり)。
なお、Web事前予約の場合、支払いはクレジットカード決済のみになります。
Web事前予約チケットの場合、時間になったら係の方の呼びかけに応じて船着き場へ移動します。スマートフォンの画面を見せたら受付完了となり乗船です! 優先的に乗船できるWeb事前予約の方に続いて、当日枠の方が乗船できます。眺めのよい場所を確保するには、事前予約をしたほうがよさそうですね。
船は屋根のないフラットな船体に座面が並ぶシンプルなものですが、実はトイレも設置されています。船上での飲食も可能とのことで、意外にもくつろげる空間です。
夏場を中心に、日差し対策も気になるところですが、こちらの五反田~天王洲航路は、五反田発16時の便が「始発」。夕方~夜間のみの運航となるため、遅めの便であれば日差しは気になりにくいと思われます。ちなみに、最終便は五反田発22時と、かなり遅くまで運航していることも特長です。
ちなみに、通勤目的という性質上、運航は平日のみとなっています。
時間になると、いよいよ出航。
五反田と大崎広小路方面を結ぶ橋付近で方向転換すると、目黒川を下っていきます。
お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、実はこのルート、毎年観光客でにぎわっている、春の目黒川お花見船の航路と似通っています。
春になると桜が咲き誇る川沿いの並木と、大崎の高層ビル群を眺めながら河口を目指します。
乗船中の景色で印象に残ったのは、とにかくたくさんの橋をくぐること。目黒川には非常に多くの橋がかかっており、人道橋から鉄道が通過する桁橋まで、十数個の橋の下を頭上ギリギリでくぐっていきます。
特に、大崎駅周辺を過ぎたエリアにある、JR各線のガーター橋下の通過は頭をぶつけそうになるほどの大迫力です!(なお、安全上、乗船中に立ち上がることは禁止です)
比較的早い時間の便であれば、船員の方が橋の由来や船上から見えている建物などについて逐次解説してくれます。
目黒川も終わりに差し掛かり、荏原神社などかつての東海道を思い起こさせるエリアを通過すると、いよいよ天王洲運河へ!
天王洲運河に出たらすぐに、北に進路を変えます。
今回の航路は、天王洲アイルを西側からほぼ半周して、東側の船着き場に向かいます。その過程で、芸術文化の発信地・天王洲アイルのアートに彩られた様々な建物をじっくり見ることができます。
天王洲アイル西岸にあるギャラリーなどの多目的施設「寺田倉庫G1ビル」や建築家・隈研吾氏監修の船上スペース「T-LOTUS M」など、天王洲アイルにある特徴的な施設群も運河から眺められます。
アートの街天王洲を眺めていたら、あっという間に天王洲の船着き場(正式名称は「東品川二丁目船着場」)に到着。約30分かかるとされている航路ですが、見どころがたくさんあり、体感ではもっと短く感じました。
乗り心地に関しても、大部分が目黒川を航行するためか、ほとんど揺れを感じず快適に乗船することができました。
東品川二丁目船着場は、りんかい線の天王洲アイル駅の裏手にあるため、そのまますぐにお台場方面に向かうこともできます。東京モノレールの天王洲アイル駅についても、徒歩10分ほどの距離になります。
復路の天王洲~五反田間にも乗船させていただきましたたが、往路が五反田~大崎駅周辺のビル群から運河へ向かう開放的な風景に対し、こちらは逆にビル群のジャングルに入り込んでいるような感覚になるなど、往復で景色から受ける印象が全く違う点が印象的でした。
広報担当の方と船員の方に当日お話をうかがいましたが、レジャー的な用途から、臨海部でのお仕事から帰宅される際の選択肢としてまで、様々な層が利用されているとのことでした。
実際、取材日も家族連れの方々が乗船されていたかと思えば、スーツ姿で領収書を切りつつ乗船されているグループがいらっしゃるなど、観光にもビジネスにも使える航路になっています。
なお、当日は五反田16時発の最も早い便を使って往復しましたが、往復とも席が半分ほど埋まっている状況でした。
また、日没後には異なる魅力があるそうです。
比較的遅い便に乗船すると、目黒川にかかる橋のライトアップを楽しむことができます。最初に述べた通り、乗船中は飲食可でお手洗いもあるため、仕事帰りにお酒を片手に、静かに夜景を楽しんでみてもいいかもしれませんね。
ちなみに往復割引もあるため、そのまま行って帰って来ることで、船上の風景を存分に楽しむという活用法も考えられます。
2025年7月現在、Web事前予約のシステムが往復割引に対応していないとのことでしたが、運航会社のスタッフさんに声をかければ片道900円に対して往復1500円で乗船することができるようになるそうです。
晴海からの貴重な移動手段になる? 注目の芝浦エリアと結ぶ航路
2025年7月現在航行している東京都の「舟旅通勤」のうち、唯一港区の船着き場から航行している航路が晴海~日の出間になります。
日の出は浜松町・竹芝エリアにも近く、さらに現在再開発が進む「BLUE FRONT SHIBAURA」から徒歩数分の場所になります。
航路で結ばれる晴海は、東京オリンピック選手村のレガシーである「晴海フラッグ」を中心とした街づくりが進んでいますが、「晴海フラッグ」から最寄りの駅までは徒歩30分と、交通アクセスに課題を抱えています。
晴海にお住まいの方が、都心方面に向かう目的で利用することが予想される、晴海~日の出間の航路。こちらにも実際に乗船してみました。
日の出から発着する舟旅通勤の船は、待合室やレストランの複合施設「Hi-NODE」からの発着になります。
「Hi-NODE」の待合室はお手洗いなどもある室内のため、暑い夏でも快適に船を待つことができます。
舟は、火・木曜日を中心とした週二回程度、平日朝に航行されています。
料金は片道大人(12歳以上)500円、子ども(6歳以上12歳以下)250円、幼児(1歳以上の未就学児)100円、乳児(1歳未満)無料となっています。
ただし、Webサイトから事前予約をすると、上記の運賃が半額になるとのことです。Webサイトでの予約は現在決済方法がPayPayのみの対応で、クレジットカード等は不可となっているので注意が必要です。
桟橋から乗船すると、船内はかなり豪華!
水洗トイレもある冷房の効いた1階船内と、360度眺望が楽しめる2階デッキ、流れていく景色が楽しめる後部の1階デッキと、バリエーションに富んでいます。
日の出を出発すると、建築中の「BLUE FRONT SHIBAURA」N棟や東京タワー、建て替え中の浜松町・世界貿易センタービルディングがあっという間に遠くなっていきます。
前方に目を向けると、右手にレインボーブリッジとお台場が見え、正面遠くにはスカイツリーが!
豊海の倉庫群が近づいてくると、船は速度を落としていきます。
航海練習船「銀河丸」を横目に、「晴海フラッグ」付近の船着き場に到着しました。
この航路は所要時間が非常に短く、約5分の船旅になります。
「舟旅通勤」晴海~日の出航路は朝8時30分晴海発が始発で、最終便が10時15分日の出発と、朝の時間帯のみの航行になります。
これでは晴海から船で都心に行ったものの、帰る手段がないのでは……? と思われるところですが、港区の新橋と晴海のバスターミナルを結ぶ東京BRTが一時間に4本程度運行しています。船着き場は東京BRTのバスターミナルに隣接しているので、BRTに乗り継いで途中で降車すれば、勝どきにも移動できます。東京駅付近のエリアを通過せずに港区から隅田川流域エリアに移動できるのは、面白いルートかもしれませんね。
取材当日は日の出からの便は1名しか乗船されていなかったものの、帰路は家族連れの方が乗船されており、やはり晴海にお住まいの方にとっては貴重な足となっているようでした。
今回取材させていただいた2航路と、隅田川を航行する日本橋~豊洲航路の計3航路が現在営業している舟旅通勤航路になります。
ですが、最初にご紹介した政策群「未来の東京」の後継にあたる「2050東京戦略」によると、今後航路をますます拡大し、舟運ネットワークを構築することが計画されています。
覚えておいて損はない、都心の舟運ルートたち
「舟旅通勤」について、現在営業している中から2つの航路を取材させていただきました。
2航路とも毎日運航しているわけではないため、現状では日々の通勤に使うことは難しそうです。
ですが、のんびりと移動できる五反田~天王洲航路や、東京駅方面を経由せずに晴海と港区を直接結ぶ晴海~日の出航路など、時間に余裕があるときの気分転換や、他の移動手段が不通になった際のサブプランとして、覚えておいてよいと思います。
個人的には、「通勤」と名乗ってはいるものの、特に五反田~天王洲航路は観光・レジャー気分で乗船しても、充分楽しめる航路でした。
東京都の本来の狙いとは外れてしまうかもしれませんが、「通勤」という言葉は気にせず、非日常を楽しみに乗船してみてはいかがでしょうか。