
【港区の企業】「2233」という数字が示す現実 AIで“電車の安心”を再設計する挑戦
「2233」——。
この数字が何を意味するか、ご存じだろうか。
これは、2022年に警察庁が公表した痴漢行為の検挙件数である。単純計算すると、1日あたり約6件。これを「検挙が多い」と見るか、「それだけ痴漢が発生している」と捉えるかは、人それぞれだろう。
しかし、いずれにせよ、私たちが日常的に利用する公共交通機関の中に、不安が存在していることは否定できない。とりわけ、子どもを持つ親にとっては深刻な問題だ。それでも都市生活において、電車移動を避けることは難しい。
この社会課題に、最新テクノロジーで挑もうとしている企業が、港区・虎ノ門にある。今回は、AIを活用した安心・安全な社会づくりを目指す「株式会社MOYAI」に話を聞いた。
「安心・安全・快適」を掲げるA2K1カンパニー
「私たちは自分たちのことを“A2K1カンパニー”と呼んでいます」
そう語るのは、株式会社MOYAI代表取締役CEOの渡邊亮氏だ。

今回お話を伺った、代表取締役の渡邊亮氏。
A2K1とは、「安心(A)」「安全(A)」「快適(K)」の頭文字を取ったものだという。
もともと同社はOOH(屋外広告)事業を展開していたが、ある個人的な気づきが転機となった。
「電車に乗っていると、隣に女性が立ったときに、片手でつり革、もう片手でスマホを持つ“冤罪対策の姿勢”をとっている自分に気づいたんです。周りの男性も、ほとんど同じでした」
本来、安全であるはずの公共空間で、人々が無意識に防御的な行動を取っている。その違和感が、事業転換のきっかけになった。
「女性専用車両もありますが、本来は必要ないはずですよね。鉄道の“安全神話”が揺らいでいること自体が問題だと思ったんです」
課題を発見した渡邊氏は調査を進め、ある事実に行き着く。
「全国で発生している痴漢迷惑行為のうち、約半数が首都圏だけで発生しています。そして、犯罪現場の約7割が電車の車両内なのです。そこで、電車内の課題を技術で解決する方針を決めました」
こうして同社は、鉄道車両内の安全性向上に特化したプロダクト開発に着手する。具体的には、車内の安全を担保するソリューションとして、高性能監視カメラの開発に方向性を定めた。
それまで技術企業ではなかった同社にとって、完全にゼロからの挑戦だったが、将来性を信じ開発を進めていった。
車両内を“見える化”するIoTube
開発が進む中、社会の空気を大きく変える出来事が起きた。2021年、鉄道車両内で男が乗客を刺傷し、火を放った「ジョーカー事件」である。
「この事件をきっかけに、乗客も鉄道会社も“車内の安全”に対する認識が一気に変わりました。同時に、私たちのプロダクトにも注目が集まり、多くの企業から声がかかるようになりました」
その当時、MOYAIが開発していたのが監視カメラとAIを組み合わせたOMOデータゲートウェイデバイス「IoTube」だ。
OMOとは、Online Merges with Offlineの略で、オンラインとオフラインを融合させ、シームレスな顧客体験を提供する概念である。例えば「アプリで在庫を確認し、店舗で受け取る」といった購買導線が代表例だ。
「IoTubeは、車両内のLED照明と置き換える形で設置できるデバイスです。LED照明の電源を活用し、マイクやカメラ、スピーカーの電力もまかないます。ビーコン電波も発信しており、スマホアプリと連携して位置情報取得やプッシュ通知も可能です。最大の特徴は、Edge AIを搭載している点です」

蛍光灯の根本部分にAI搭載型のカメラが設置されている。
Edge AIとは、端末の本体内に機能を絞ったAIを搭載するという最近注目の技術だ。我々が普段使っているGeminiやChatGPTなどは、AIを格納しているクラウドサーバーにインターネットで端末を接続することで利用が可能となる。超高性能で何でも知っているが、その反面、必ずインターネットへの接続を求められることが弱点だ。しかし、Edge AIは端末側でAI処理を完結させる。そのため、
- 通信遅延がない
- 通信コストがかからない
- オフライン環境でも動作する
といった利点がある。
コストの面は分かりやすいが、それ以外が何故利点になるのかわからない人に簡単に説明しよう。例えば、自動車の自動運転では、人が飛び出してきた時など瞬時の判断を求められる場面が多々ある。この時、通信ラグの可能性がある一般的な生成AIを導入することは、致命的な問題に繋がる可能性が予測される。しかし、自動車本体にAIが搭載されていればラグなく判断が可能となるのだ。
そもそも、ChatGPTのような高性能AIが業務上常に必要となる現場は限られている。機能を限定し小型化、端末に直接搭載しようという発想が誕生するのは自然な流れであった。
MOYAIのIoTubeでは、カメラを通じて乗客の人数や属性(年齢層・性別など)を数値データとして把握する。ただし、クラウドに個人情報を送信することはない。
「非常通報装置の音を検知したときなど、必要な場合にのみAIが判断し、指令所へアラートを送ります。その後、初めて映像確認が行われるという仕組みです。現在、東急電鉄や西武鉄道など、全国12社の鉄道会社1万車両に、3万台の導入実績がございます。一車両につき、3から4台のIoTubeがすでに導入されています」
なんと、すでに我々の安全を守るためのAI搭載型カメラの導入は始まっているというのだ。多くの人が気づかないうちに、車内の安全インフラは進化を始めている。
さらに同社は、IoTubeと連動するスマートフォンアプリの開発も進めている。このアプリでは、被害者がボタン一つで通報できる仕組みを提供する予定だ。
ビーコンを通じてIoTubeと連携し、
・周囲に同一アプリをインストールしている人が何人いるかを把握
・同一アプリを持つユーザーへ、迷惑行為を受けていることの通知
などを行えるようになっている。「5メートル以内に被害者がいます」といった通知が周囲に届くことで、第三者が介入して痴漢被害にあっている人の救出を促す設計だ。特徴的なのは、「犯人の特定」ではなく、「周囲の人を巻き込むこと」によって抑止力を生む点だ。
「使われないのが一番いい。でも、“助けを求められる環境”そのものが犯罪の抑止力になります」
このアプリは“お守り”のような存在として、「みんなのSOS」と名付けられている。

MOYAIのアプリを先行リリースし、鉄道各社アプリと連携できる設計にすることで、DLしてもらうという第一段階をクリアしようと考えている。
街へ広がるAIインフラ
同社の取り組みは、鉄道にとどまらない。
ビーコンとAIカメラの技術は、街中のインフラにも応用され始めている。
紹介してもらったのは、自動販売機の上にAI搭載型のカメラを付けたデジタルサイネージを設置するという製品だ。元々同社が得意としていたOOHと組み合わせた製品と言える。自動販売機の上部に設置し、よくあるデジタルサイネージとしてさまざまな広告動画を流す運用しながら、AIにより人流解析、購買分析といった機能を担う。
「このサイネージは、現在西武鉄道沿線で設置を進めています。設置することに関しては無償です。広告を流すメディアとして使用しますので、その広告費で運営するモデルです。ただし、必ず放映枠内に無償広告枠を確保するようにしており、その枠内で痴漢など迷惑行為防止のための啓発や、多言語音声案内、緊急時の情報発信や、事故・遅延情報を流すようにしています。出稿主、駅利用客、鉄道会社全員にとって喜ばれる効果を狙います」
さらに、このモデルを進化させ、電柱広告にAIカメラを組み合わせて広告収益で地域の防犯カメラを運営するという企画も進んでいる。
「柱巻きの広告の上部に設置できるくらいのAIカメラを開発中です。実は、町中の防犯カメラの維持費は地域負担が多く、コスト面から常時稼働していないケースも少なくありません。広告と組み合わせれば、持続可能な仕組みにできるのではと考えています」
確かに、いざまちで町会を取材した際に、防犯カメラの運用費用は町会費から賄っていると聞いて驚いたことがあった。これらを、広告と一体化させれば、住民の負担にならない形で治安維持が可能となりそうだ。
MOYAIのEdge AI開発は、業務用車両のドライブレコーダーとの組み合わせでも注目を集めている。
「特に保険会社からの問い合わせが増えています」
それは一体どういうことだろう。背景にはテレマティクス保険の高度化がある。テレマティクス保険とは、通信技術(テレマティクス)を活用し、車載端末やスマホアプリで取得した「走行データ(距離・速度・ブレーキ等)」に基づいて保険料を割引・算出される自動車保険のことだ。自動車に搭載されたコンピュータが高機能となったことにより、ドライバーの運転技術がより詳細に記録できることが可能となった。この記録を用いて、ドライバーの運転能力をスコアリングし、それによって保険料を変動させるのだ。この判断基準に、Edge AI搭載の同社の技術が期待されているそうだ。
渡邊氏によると、このドライバースコアリングはドライバーを雇っている運営企業にとってもメリットがあるという。

AI搭載型カメラの可能性は無限大都語る渡邊氏。
「ドライバーが例えば眠そうな様子をしていれば、AIがそれを発見して指令所に危険運転の可能性があると連絡を入れることができる。大事故に繋がる前に、無線などでドライバーに注意の連絡を入れたり、PAに駐車して休息を指示するなどの防止策が可能となり、安全な運行管理に大きく寄与します」
AIは運転手の様子を見ているが、危険な状態でない限り指令所に連絡は行わない。ドライバーのプライバシー確保や、指令所勤務の人の労働環境の向上にもつながっていくはずだ。
プライバシーという観点は、Edge AI最大のメリットでもある。
ChatGPTなどを仕事で使用する際に、機密情報を決して入力しないようにと会社から指導を受けたことがある方もいるのではないだろうか?
大規模な生成AIは国外にある巨大なサーバーで入力されたデータを蓄積して学習を続ける。つまり、カメラで録画された顔情報や、年齢情報などが全て第三者の企業に渡り、学習素材にされてしまう危険があるということだ。MOYAIのAIカメラは、端末側にAIが搭載されているため、こうしたデータを提供することがなくプライバシーは守られる。
ニュースを見ていると、中華人民共和国では国民をAIカメラで24時間監視しているという話題に触れることがある。あれは、カメラが撮影した顔写真をネットを通じて巨大なAIデータベースと照合することで成立している。このシステム概要を聞いた時、我々はどうしてもSF小説などで描かれるディストピア社会をイメージしてしまうが、MOYAIの製品にいはそうした恐れはないということだ。
“安心”を輸出するというビジョン
Edge AI搭載カメラは、さらに現在の日本が抱えるもう一つの社会課題の解決にも力を発揮する可能性がある。既存の監視カメラの多くは、SDカードにデータを録画している。そのため事件が起きた際には、それを回収するための人員が必要となる。
近年は、オンラインに常時接続でデータをクラウドにアップするカメラも出てきているものの、、どちらにしろ、最終的に事件前後の映像を目視確認するのは人間の仕事だ。
この人員確保は、労働力不足が叫ばれる現代日本において負担となる。最終的な判断以外の作業を、ざっくりと任せられるEdge AI搭載カメラは、さまざまな業界から期待されているのだ。
「我々が携わっている事業は、世間的にはリテールDXと呼ばれています。グローバルで100兆円以上の市場規模があると考えられていますので、これらの技術を持って海外市場に展開していくっていうようなことも考えています。正確な鉄道運行に加えて、“安心安全な車内環境”をセットで海外に販売したい」
MOYAIは鉄道、街、モビリティを横断したインフラとして、グローバル市場での展開を見据えている。
話していて見えてきたのは、テクノロジーは「人を疑う」ためではなく「支える」ために使うべきだということだ。IoTubeの本質は、監視ではなく“共助”できる社会の再構築の手助けとなる。
「電車の中でも安心して過ごせていないな」「過ごせるようになればいいな」という、ちょっとした気づきから始まったAIカメラ開発が、新しい社会インフラの形になるかもしれない。
まずは、電車に乗っている時に照明を見上げて欲しい。私たちの安心・安全を守るためのMOYAIの試みはすでに始まっている。
【株式会社MOYAI】
住所:東京都港区虎ノ門2丁目6−1 虎ノ門ヒルズステーションタワー 16F
アクセス:都営地下鉄御成門駅A4出口より徒歩1分 東京メトロ虎ノ門ヒルズ駅より徒歩約5分

