
増上寺「三解脱門」は心の入口? 江戸の平和「パクス・トクガワーナ」を紐解く港区文化財セミナー【行ってきました!】
「港区」という響きから、さまざまな最新スポットに目を奪われがちですが、「いざまち」でもご紹介しているように、港区は、江戸から現代に至るまで、時代の中心地とも言える歴史深いエリア。実は気軽に見に行ける文化財もたくさんあります。
たとえば、江戸幕府を開いた徳川家康が菩提寺と定めた増上寺をはじめ、徳川家に関する文化財などです。

増上寺と東京タワー、麻布台ヒルズ
そんな港区に残された文化財を手掛かりに、港区の歴史にまつわる魅力を再発見できるセミナーが、港区江戸文化共創協議会(運営:株式会社阪急交通社)による「港区文化財セミナー」。
2026年中に全5回の開催を予定している本セミナーでは、5つのテーマから、260年という驚異的な長さで平和と秩序を保った江戸時代の「まちの物語」を読み解きます。
第1回のテーマは、江戸幕府と言えば? の「徳川」です。
博物館の展示や歴史は「ストーリー」で知ることが大事!
全5回のセミナー、講師としてお話を聞かせてくれるのは、一般社団法人 日本遺産普及協会 代表幹事の黒田尚嗣さん。「練塀勉強会vol.5」で、忍者と土塀の関係を教えてくれた黒田先生です。
▼練塀と忍者の関係についてはこちらの記事で紹介しています
【行ってきました!】忍者と土塀の意外な関係とは!? 練塀勉強会vol.5
旅行会社勤務経験を活かし、テーマ旅行の企画立案や添乗員の指導・育成も担う黒田先生。一般社団法人 日本旅行作家協会会員でもあり、平成芭蕉のペンネームで幅広く活躍されています。そしてなんと、ご先祖は伊賀流忍者!
自己紹介と合わせてお話されている中で印象的だったのは、「旅行の案内は“点”ではなく“ストーリー”で紹介しないとその貴重さや素晴らしさは伝わりきらない」ということ。
海外の博物館で見た、膨大な日本の歴史的資料をストーリー仕立てでの解説に感銘を受けられ、“点”で展示している日本の美術館や博物館では、その背景までは伝わりきらない、と感じられたそうです。
▼日本遺産についてはこちらの記事でも紹介しています
「日本遺産」とは? 港区観光協会がオフィシャルパートナーになった理由を解説!
徳川家が260年超の平和を保てた理由とは?「パクス・トクガワーナ」の礎
本格的に港区と徳川一族の話がはじまった直後、黒田先生からひとつの質問が。
「『平和』の定義は何でしょうか?『平和』で何を思い浮かべます?」
平和……? 争いのない世の中で、誰もが幸せに暮らせること? なかなか定義するのは難しいなぁ、と考えていると、「日本人は平和が当たり前だから、ピンと来ないですよね」と、黒田先生。
不安定な情勢や厳しい状況下で生きている世界の人たちは、「明日が見えるか見えないか。明日の予定を立てられるかどうか」が平和の基準になっている方もたくさんいます。そしてもうひとつ、「国を率いる人たちが将来を見えている」ことも平和を保つために大切なポイント。
江戸時代は徳川家康にはじまり、15代もの徳川将軍が引き継いでいます。つまり、国を率いる徳川家が将来(跡継ぎ)が見えていたのも、驚異的な期間、平和を保てた理由のひとつ。

『徳川家康像』所蔵:京都大学総合博物館 The Kyoto University Museum, Kyoto University
統率者の順調な継承に加え、強固な基盤を作る最初の3代が重要と黒田先生。なかでも最重要なのは2代目だそう。
「会社経営も一緒ですよ。偉大な創業者がいても、2代目が潰してしまうこともある。だからと言って、創業者と同じことをしていてはダメですよね」という、とっても分かりやすい説明に、会場からもクスクスと笑い声が漏れていました。
約200年もの間繁栄を極めた古代ローマ帝国を表す「パクス・ロマーナ」というラテン語があります。海外では、260年の平和を保った江戸時代を、パクス・ロマーナになぞらえて「パクス・トクガワーナ(徳川の平和)」と表現することもあるんですよ。
武力ではなく「制度」と「精神」で平和な江戸を作り上げた徳川
江戸の平和を支えた要素として、黒田先生は次の3つを挙げます。
・制度による統治:参勤交代などの仕組みによる社会の安定と発展
・役割の明確化:各自の役割分担(士農工商)による秩序
・精神的支柱:教育機関としての増上寺や信仰による精神統制
徳川家康の功績は、刀ではなく制度で全国を治めたこと。たとえば、江戸時代の「士農工商」はヒエラルキーではなく、それぞれの役割分担。ある程度の役割分担を明確にすることで、それぞれの「仕事」を明確にし、全うすることで社会の安定に寄与します。「完全な自由=平和」ではないんですね。

会津若松市立会津図書館所蔵「会津藩主参勤交代行列図」
参勤交代もその一つ。移動も含め、地方の大名はとにかく時間とお金を使います。ただし江戸の消費が向上し、地方大名も江戸の洗練された文化に触れ、諸藩にその文化を持ち帰ることもできるようになります。
参勤交代という「制度」があったからこその結果です。
ちなみにここでもトリビアが。
現在もこの参勤交代が影響していることがあるそう。それは「年度末の最後は3月」ということです。
当時、諸藩大名は5月1日に江戸城に参る必要がありました。4月は移動に費やさなければいけません。ということは、3月末にはそれぞれのお国で決算を終わらせねばならなかった、というわけです。
いままで気にしたことがありませんでしたが、当時からこのサイクルが意識されていたという説があると知ると面白いですよね。
増上寺と芝大神宮が「精神的支柱」だった理由とは? 江戸の人々の寺社への想い
徳川家康は増上寺を菩提寺としましたが、菩提寺であるほかに、増上寺が関東18檀林の大本山であったことも重要であったそう。

一立斎広重『東都名所 芝神明増上寺全図』,蔦屋吉蔵. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1302530 (参照 2025-04-18)
刀での統率であった戦国時代と違い、平和を求めるなら教育に力を入れなければいけない。そのため、僧侶の養成機関である増上寺は、江戸時代の平和にもとても大きな意味をもたらしていた、ということになるんですね。
加えて増上寺は、徳川家の菩提寺でもある聖なる場所。
そして芝大神宮は、「関東のお伊勢さん」とも言われており、お祀りしているのは天照大御神と豊受大神の2柱。

英泉『芝神明宮祭礼生姜市之景』. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1301972 (参照 2026-01-29)
芝エリアで将軍家と天照大御神にお参りすることができるということは、江戸の多くの人たちの精神的な支柱になっていたことは想像に難くありません。
その象徴的な存在が、増上寺の「三解脱門」です。
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増上寺が徳川家の菩提寺となった理由とは? 家康の信仰と大本山の役割を解説
増上寺・東京タワー・麻布台ヒルズが並ぶ! 増上寺が芝に来た理由とあの都市伝説の真相
増上寺「三解脱門」とは? 徳川の平和を支えた“精神の入口”
増上寺の「三解脱門」は、開山当時から残る圧倒的で最大級の現存物。
「三解脱」とは、「貪(むさぼり)/瞋(いかり)/痴(おろかさ)」の3つの煩悩を表しています。この3つの煩悩から抜け出す(解脱)ための門が、三解脱門です。
黒田先生は三解脱門を「精神的な入口」と表現し、「三解脱門をくぐることで心を整えることができる、平和国家に相応しい精神統制の象徴」と教えてくれました。

増上寺 三解脱門
また、3代将軍家光は、莫大な費用をかけて家康を祀る日光東照宮を再建したり、家康の神格化に拍車をかけています。
増上寺にあった2代将軍秀忠を祀る「台徳院霊廟」は残念ながら戦災で焼失してしまいましたが、こちらも日光東照宮を思わせる壮大な霊廟でした。

日光東照宮 陽明門
黒田先生曰く、3代将軍家光は「徳川の権力を目に見える形に演出した天才」。確かに、江戸時代に豪華絢爛な霊廟を目にしたら、普通の人は幕府には背けないと感じますよね。
次に増上寺の三解脱門を見かけたら、今回の説明を思い出してみてください。260年の平和を支えた精神を、肌で感じられるかもしれません。
このように、その存在をはじめ、平和な江戸を実現させるために大きな役割を果たしてきた増上寺やその近辺では、さまざまな文化財を目にすることができます。
たとえば、家康が深く尊崇した増上寺 安国殿に安置されている黒本尊、増上寺旧方丈門(黒門)、東日本最大級の梵鐘、宝珠院の開運出世大辨才天など、多彩な文化財がそろい踏み。
▼宝珠院についてはこちらの記事で紹介しています
徳川家康公の念持仏を民衆に開放! 東京タワーのふもとにある“開かれたお寺” 宝珠院
こうやって考えると、港区ってとても贅沢な街なのかもしれませんね。
多角的な視線で歴史を知ることの面白さ
ご紹介した以外にも、とても面白いお話を聞くことができた「港区文化財セミナー」。歴史的背景を知ることで、なぜ「この文化財が重要視されているのか」をスッと理解できます。
印象的だったのは、世界を旅した黒田先生だからこそ知る、海外から見た江戸や、文化財への向き合い方の違い。そして、「パクス・トクガワーナ」として海外からも大きく評価されている事実など、教科書だけではない、多角的な視点で歴史を見ることの面白さを実感できました。
次回の港区文化財セミナーは、2026年3月21日(土)に開催予定。
実は第2回のセミナーの前に、今回教えてもらったお話にまつわるスポットを歩く「港区文化財まち歩きツアー」の開催も予定されています。まち歩きツアーの案内をしてくれるのは、港区観光大使かつ地理の先生でもある、澤内隆先生。
▼澤内先生によるまち歩きツアーはこちらの記事でも紹介しています
【行ってきました!】 先生トリオと歩く! 芝・増上寺の練塀ミニ巡検レポート|東京文化財ウィーク
さまざまな文化財が博物館に集められているのではなく、街に溶け込み、今に引き継がれているのも、港区の大きな特長。
もちろん話題の最新スポットも気になりますが、改めて「港区ならではのストーリー」に目を向けてみるのはいかがでしょうか?
【港区文化財セミナー】
企画:港区江戸文化共創協議会

