
増上寺・東京タワー・麻布台ヒルズが並ぶ! 増上寺が芝に来た理由とあの都市伝説の真相
本堂を構える立派な「大殿」のすぐ後ろにそびえる東京タワー。旅行者だけでなく、誰もが思わず写真を撮りたくなる唯一無二の風景が見られるのが、増上寺です。
前回の記事では、大本山 増上寺 参拝部 参拝課の横川幸俊さんに「増上寺と一般的な寺院との違い」「徳川家の歴代将軍は、なぜ菩提寺である増上寺だけでなく3つの墓所に眠っているのか」などを教えてもらいました。
今回は、増上寺の「場所」にまつわるお話。
歴史をひも解くと、とてもロマンあふれるお話を伺うことができました!
▼第1回記事はこちら
増上寺が徳川家の菩提寺となった理由とは? 家康の信仰と大本山の役割を解説
江戸時代は「三解脱門」から、現在は「東京タワー」から街を眺める
現在は約50年ぶりの大改修中ですが、今も昔も、増上寺を象徴するのが「三解脱門(さんげだつもん)」です。
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三解脱門は元和8(1622)年に建立されており、戦火や大震災も乗り越えた、現在の増上寺で一番古い建造物。戦時中、焼夷弾によって火がついてしまったとき、塔頭寺院(増上寺の境内地内にある小寺院)の僧侶たちが水をかけて守り抜いた、芝エリアの大切な象徴です。

一立斎広重『東都名所 芝神明増上寺全図』,蔦屋吉蔵. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1302530 (参照 2025-04-18)
「江戸時代、市井の人々は特別な日を除き、三解脱門より内側には気軽に入ることはできませんでした。増上寺境内は学問所でもあり、将軍様の霊廟ですからね。
でも、お祭りなどの行事の時だけは、街の人たちも門の中に入ることができたそう。三解脱門の上で、楽しそうに海を眺めたりする浮世絵も残っているんですよ」

浮世絵には三解脱門から遠くを眺める人の姿も描かれています。 ※画像提供:増上寺
三解脱門の上からは、江戸城や将軍が鷹狩りを楽しんでいた浜離宮公園や広い海が見渡せたことでしょう。お祭りという一大イベントに追加して、遥か遠くの眺望も楽しむというワクワク感は、江戸の人たちの大きな楽しみになっていたんだろうな、と想像に難くありません。
思わず「高い建物がない江戸時代に遠くまで見える場所があったら、本当にワクワクしたでしょうね」「天気がいい日は富士山も見えたかもしれないですよね」と、当時の街の人たちに想いを寄せてしまいます。
現在は三解脱門に上ることはできませんが、昭和33(1958)年、当時のように遠くまでの眺望を見せてくれる場所が増上寺のすぐそばに登場しました。
そう、「東京タワー」です。

昭和33(1958)年12月23日に完成した東京タワー
高いビルが当然になった現在でも、やはり「展望台」からの眺めは格別なもの。江戸時代の人たちが眺望を楽しんだ場所のすぐ近くに東京タワーが作られたのも、不思議な縁を感じさせます。
増上寺は江戸城の裏鬼門を守る? 徳川家康が芝の地を選んだ理由と都市伝説
江戸城周辺の整備に伴い、増上寺が芝エリアに移ったことは前回の記事でご紹介しましたが、こんな話を聞いたことがないでしょうか?
「徳川家康は江戸城や江戸の街を築くにあたり、鬼門と裏鬼門を封じた。裏鬼門を守るのが増上寺である」
▼第1回目の記事はこちら
増上寺が徳川家の菩提寺となった理由とは? 家康の信仰と大本山の役割を解説
「裏鬼門」とは風水において不吉とされる南西の方角のこと。増上寺は江戸城から見て南西の位置にあるため、裏鬼門を守っていると言われているのです(ちなみに鬼門となる北東には寛永寺があります)。
この話、本当なのでしょうか?
「インターネットなどを見ると、そう書かれていることもありますよね。でも実は、偶然の一致です(笑)。きっと地図を見て、誰かが気づかれたのではないかなと思います」
増上寺の移動先に芝エリアが選ばれた理由は、自然豊かな芝は将軍様の墓所をお守りするのに最適な場所であるというほか、実はもう一つの理由がありました。
「当時、東海道の起点が芝だったんですよ」と、横川さん。

広重『東都名所』芝増上寺山内図,喜鶴堂. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1303516 (参照 2025-12-24)
慶長6(1601)年に徳川家康が整備した「五街道」。起点は日本橋の「0㎞地点」と思い込んでいましたが、芝が起点の時代があったとは!

日本橋にある里程標
「現在の芝一丁目あたりが、東海道の最初の起点だったんです。その3年後に東海道を伸ばして、起点が日本橋に移りました。
東海道を通る人たちが必ず将軍様の墓所である増上寺を目にすることができる、というのも芝エリアが選ばれた理由のひとつですね」
自然豊かな周辺環境に加え、東海道を往来する人々の精神的支柱になりたいというのが、芝エリアが選ばれた理由という訳です。
「ちなみに、東海道を延伸したときに新しい橋が作られた場所があります。そこが今の『新橋』ですね」
増上寺は江戸城の裏鬼門を守っていないが、増上寺の鬼門を守る神社はある?
「増上寺は江戸城の裏鬼門を守っているわけではないとお伝えしましたが、実は増上寺の鬼門を守っている神社があるんです(笑)。
熊野神社と書いて『ゆやじんじゃ』と読むのですが、どうやら風水的なものも鑑みて現在の場所にあるようなんですよね」

増上寺境内にある小さな熊野神社
「小さな神社なのであまり知られていないかもしれないですが」と横川さんがおっしゃいましたが、この熊野神社は、実は東京文化財ウィークの練塀ミニ巡検で訪れた場所。
▼「熊野」と書いて「ゆや」と読む理由は、こちらの記事で紹介しています!
【行ってきました!】 先生トリオと歩く! 芝・増上寺の練塀ミニ巡検レポート|東京文化財ウィーク
増上寺の境内地にある熊野神社は、小さいながらもきっちりと囲われた独立した神社。元和10(1624)年からこの場所に鎮座しています。
鬼門に熊野神社がある、ということは裏鬼門にあるものは? と伺うと、増上寺の裏鬼門にあるのは、芝丸山古墳だそう。

芝丸山古墳
芝丸山古墳は、都内最大級の前方後円墳。戦争などで少し形が変わってしまっており、誰が眠っているのかは不明ですが、作られたのは4世紀後半~5世紀の中頃とみられています。
ちなみに芝丸山古墳のお隣にあるのは、徳川家康を祀る「芝東照宮」。もしかして、家康自らが増上寺の裏鬼門を守っていることになるのかも⁉
明治時代の神仏分離で分かれた「芝大神宮」と大切な像を失った増上寺
江戸時代より浄土宗の僧侶育成機関として広大な境内を誇っていた増上寺ですが、明治になると、神道と仏教を分離させるために発布された「神仏分離令」の影響を受けることになります。
「現在、増上寺のお隣に『芝東照宮』があります。ご本尊は徳川家康公像。神仏分離令を受けて、増上寺の境内から分かれてしまったお社です。江戸時代、増上寺境内では『安国殿』と呼ばれていました」

緑に覆われた芝東照宮
東照宮とは、徳川家康をお祀りする神社の総称。そのため、増上寺と分離され安国殿から「芝東照宮」という名称になった、ということですね。
「ご本尊の家康公像は、60歳の家康公をモデルに彫られた等身大のお像です。ご遺言で、亡くなったあとは増上寺に祀るよう残されました。
実は、安国殿(現在の芝東照宮)が増上寺から切り離されてしまったことで、増上寺は徳川家康公のお像も失ってしまったんです」
現在の増上寺に徳川家康の像はない、ということ?
「現在の増上寺境内では、大殿に向かって右側に『安国殿』があります。もともとは戦災で焼失してしまった大殿の仮本堂として建立されたのですが、平成23(2011)年に新しくしています。
安国殿のご本尊は家康公が尊崇していた秘仏『黒本尊』。そしてご本尊の右手側に家康公像があります」

安国殿に鎮座する徳川家康公像。 ※画像提供:増上寺
実際に訪れてみると分かりますが、安国殿の徳川家康公像は、彩色も鮮やかで、一見しただけでとても新しいもの。何故こんなに新しい家康像があるのだろう? と不思議に感じるほどです。
「現在の家康公像が完成したのは令和6(2024)年。芝東照宮のご本尊をモデルにして、仏師の松本明慶氏、松本明観氏、松本宗観氏三代に制作していただきました。
ようやく、増上寺に家康公像がお戻りになられたんです」
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明治時代の神仏分離令からおよそ150年の時を経て、増上寺安国殿に鎮座された徳川家康公像。増上寺を訪れた際は、大殿だけでなく安国殿にも足を運び、ご挨拶しましょう。
年に2日の貴重な光景 増上寺大殿は「港区のアブシンベル神殿」だった!?
最後に教えていただいたのは、広い境内を知り尽くす横川さんが一番好きな場所や時間。
「浄土宗では、本堂は西側に建てられることが多いのです。ご本尊である阿弥陀如来様は、私たちの住む東側から遥か西の『西方極楽浄土』にいらっしゃるという理由からですね。増上寺の大殿も真西にあります。
そのため真東から太陽が上る春分の日や秋分の日は、朝の光が一直線にご本尊を照らし、とても美しく輝かれます」

大本山 増上寺のご本尊は阿弥陀如来坐像。 ※画像提供:増上寺
そして春分・秋分の日の絶景は、日の出だけではないそう。
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「夕方は大殿の真後ろに太陽が沈みます。大殿越しに暖かい光が広がり、とても幻想的で絵になる光景です。西方極楽浄土から光が放たれているかのような感覚になりますね」
お話を伺って思い浮かべたのは、春分・秋分の日にだけ特別な姿を見せてくれる、エジプトのアブシンベル神殿やメキシコのマヤ遺跡チチェン・イッツァ。アブシンベル神殿では神殿の奥にある神像を日の光がまっすぐに照らし、チチェン・イッツァでは、遺跡と映し出す影が合わさり、マヤの最高神が姿を現します。
国や時代が違えど、春分・秋分の日は、私たちにとって特別な1日なのかもしれません。
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光まで計算されて大殿が建立されたかは分からないとのことでしたが、1年に2回だけの特別な光景、タイミングを合わせて訪れたいですね。
ぜひ写真に納めたい! 江戸から令和までを結ぶ唯一無二の風景
そしてもう一つ、いつでも見ることができる特徴的な景色もあります。

江戸、昭和、令和の建築を一度に楽しめます
「大殿の正面や、増上寺会館の目の前から大殿を見てみてください。大殿、東京タワー、そして麻布台ヒルズを同時に目にすることができます」
大殿と東京タワーは増上寺を象徴する代表的な風景ですが、令和5(2023)年からは麻布台ヒルズも仲間入りし、江戸・昭和・令和を象徴する建物を同時に納めることができる、唯一無二の場所になりました。
「東京タワーも竣工当初は日本で一番高い建物、令和に完成した麻布台ヒルズも日本で一番高い超高層ビルなので、なかなか珍しい光景ですよね(笑)」
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それぞれの建物が輝く夜もおすすめ。 ※画像提供:増上寺
徳川家康の命により、現在の芝の地に根を下ろした増上寺。江戸時代は東海道の起点、昭和に誕生した東京タワー、そして令和の麻布台ヒルズまで、この場所は常に時代の変遷を見守り続けてきました。
増上寺を訪れたら、大殿だけでなく、その背後にそびえる東京タワーと麻布台ヒルズ、150年の時を経て増上寺に戻られた家康公像など、その歴史にも思いを馳せてみてください。
見慣れたはずの風景に、今までにない深みが足されるはずですよ。
【大本山 増上寺】
住所:東京都港区芝公園4-7-35
アクセス:JR・東京モノレール「浜松町駅」より徒歩10分、都営地下鉄三田線「御成門駅」「芝公園」駅より徒歩3分、都営地下鉄浅草線・大江戸線「大門駅」より徒歩5分、都営地下鉄大江戸線「赤羽橋駅」より徒歩7分、東京メトロ日比谷線「神谷町駅」より徒歩10分

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