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「まず避難所へ」の前に。港区防災課が勧める“在宅避難”という備え

2026年9月18日

今夏は、熊本での巨大な地震に千葉を筆頭に全国各地を襲う都市型洪水と、これまでにないほど災害というものを意識する年になってしまいました。改めて、防災バッグの中身の点検や避難経路の確認を行ったという人も多いのではないでしょうか。

私たちが暮らす港区では、世帯の約9割が、マンションなどの共同住宅に暮らしているそうです。高層階での被災となると停電時の昇り降りの苦労や、倒壊してしまったらどうするかなどの一抹の不安もよぎってしまいます。

そんなこの町で、区が呼びかけているのは「避難所へ急ぐこと」ではありません。なんと、自宅にとどまる「在宅避難」なのだそう。一体どういうことなのか、港区防災危機管理室防災危機対応力強化担当課長の上野大二郎さんに、区の考え方と、私たちが今日から始められる備えについて聞いてきました。

今回お話を伺った港区防災課の上野さん。

世帯の9割が共同住宅。だから「在宅避難」

共同住宅とは、廊下や階段を複数世帯で共有する建物をいいます。タワーマンションもここに含まれ、区内の約9割の世帯がこうした住まいで暮らしています。

「共同住宅は耐震性に優れたものが多く、地震ですぐに家屋が倒壊するリスクは低い。ご自宅が無事なのであれば、在宅で避難生活を送っていただくことを推奨しています」

上野さんはまず、在宅避難を区が推進する理由についてこう説明してくださいました。

現在報道されている被災地の映像を見ればわかると思いますが、どうしても避難所では完全な個室を用意することができません。体育館や教室といった大空間を家族以外と共有すれば精神的な負担は大きく、間仕切りパネルを用意していても限界があります。それこそ、感染症が流行すれば、距離を取ろうにも同じ空間にいることは避けられず感染してしまうリスクも高くなるそうです。そもそも、高齢者や障害のある人にとっては、生活環境が変わること自体が強いストレスになります。

「いつもと同じベッド、いつもと同じ部屋で過ごせるならそのほうが良く、他人の目線を気にせずに済む。災害という非日常のなかで、それは小さくない差になるので、港区はできるだけ在宅避難を推進しているのです」

港区が配布している、マンション住民に向けた震災対策ハンドブックと在宅避難パンフレット。

避難所は足りているのか

現在、港区には区民避難所が57か所、福祉避難所が25か所あります。区の被害想定は、避難者2人あたり3.3㎡程度を確保する前提で組まれており、発生する避難者は、これらの避難所で一応は賄い切れる計算になっているそうです。

ただし、これはあくまで想定とのこと。

「建物やご自宅が被害に遭われて避難してくる方を想定していますが、ご自宅が無事であっても避難したいといってこられる方がどれくらい出るかによって変わってしまいます。在宅避難よりも避難所を選ぶ方が増えれば、当然、避難所は不足してしまうでしょう」

行政としての拡散力の弱さを課題としながらもかなりたくさんの広報物を防災課では作っていらっしゃいました。

ここで鍵になるのは周知だと上野さんはおっしゃいます。

「災害に遭ったら避難所に避難しなければいけない、と思っている方が結構いらっしゃるのではないかと思います。ご高齢の方や障害をお持ちの方にとっては、それが必ずしも間違いではないのですが、マインドリセットが必要なのかなと」

もう一つ、収容人数について新しい論点があります。国や東京都では、戦争や難民の人道支援で使われてきた国際基準である「スフィア基準」を、国内の災害支援でも目標としようという議論が始まっています。同基準では、被災者1人あたり3.5㎡。区の現行想定を1人あたりに換算すると、2倍以上の面積が必要とされています。当然ですが、今用意されている避難所だけではこの面積を確保することはできません。

発災直後に避難所へ来た人も、自宅の片付けが進めば戻ったり、近隣または遠方の親族のもとへ身を寄せたりする人も出るはずです。「スフィア基準」は避難生活が中・長期化する中でできるだけ早く近づけていく基準であると考えるが、発災直後から23区で実現するのはほぼ現実的ではない、との認識でした。

なお、避難所では必要な食料を提供できるように備蓄しているそうです。区内の学校には必ず防災備蓄倉庫があり、足りなくなった場合は、民間事業者の建物などに整備された区の大型備蓄倉庫の物資を活用し、加えて他自治体からの応援物資を受け入れることになります。

「町会・自治会の中には、自分たちで備蓄していただいているところもありますが、それを提供してください、ということは想定していません。町会・自治会の備蓄と避難所の運営は、別のものとして設計されています」

ちなみに、今回の熊本地震では連日35度を超える猛暑が問題となりました。港区が用意している区民避難所はすべて冷暖房が完備されているそうです。区内全域が停電となった場合に稼働できるのは、非常用発電設備を備えた一部の施設ですが、非常用発電設備の有無にかかわらずすべての避難所に冷風機や大型扇風機、発電機等が配置されるようになっているとのことでした。

7日分の備蓄と事業所の3日分備蓄

在宅避難において区が区民に求める防災物資の備蓄は7日分です。

「7日間はまずご自宅でしのいでいただいて、それ以降は区がいろいろな手段を講じて備蓄品を配布することを想定しています。行政側もできるだけ早く支援物資をお配りしたいのですが、発災当初は体制を整えながら緊急対応する必要がありますので、いきなり備蓄物資を届けるというのはなかなか難しいのが現実です」

市販の防災バッグも最近は充実しています。在宅避難では持ち出す必要はないため、とにかく備蓄できる入れ物で大丈夫でしょう。

一方、事業所に対しては東京都の条例で3日分の防災備蓄が求められているそうです。区内事業所の従業員の多くは区外に自宅がありますので、公共交通手段の復旧など帰宅手段が整うまで事業所内で過ごしてもらう想定だそうです。東日本大震災では、地下鉄が比較的早く復旧した一方、路線の長いJRは安全確認に時間がかかり、復旧は翌日になっていました。遠方から通う人ほど、動けない時間は長くなるため、せめて3日は滞在できる体制を整えてほしいということです。

では、実際に住民の方々はどのくらい防災のための備えを行っているのでしょうか。区が数年おきに行う港区民世論調査のうち令和5年度の結果では7日以上の十分な備蓄ができている」と回答したのは、全体の1割程度。「何もしていない」という回答も2割程度あったとのことです。何らかの備蓄はしているが十分ではない層を含めると、大半がまだまだ災害に備えきれていないことになります。

そのため、今、港区は携帯トイレを世帯単位で配付しています。1セット5回分を1人4セットで計20回分。令和5年度に全区民に配付して以降も新たに住民登録した人に、毎年配付しています。

「1日に1人がトイレに行く回数は大体5回といわれていますので、20回分では4日分程度です。7日分備えてくださいと言っているので、それだけでは当然足りません。ただ、これはあくまできっかけづくりです」

携帯トイレが揃ったのだったら、次は何が必要になるかという風に、区は、携帯トイレがそろったら次は何が必要か、と考えてもらうことで、少しずつでも各家庭の備えが充実していくことを願っているのです。

見落とされがちなトイレという急所

上野さんによると、トイレの備えこそ、タワーマンションや共同住宅の高層階で必要になるそうです。震災時に水道は比較的早く復旧するといわれていますが、建物内の排水管が損傷した場合は必ずしもそうではないからです。

排水管が損傷した状態で水を流すと、詰まったところの手前にある家の配管から汚水があふれてしまいます。共同住宅で被災した場合は、発災直後は水を決して流してはいけません。トイレも使わないでください、とお話ししています」

排泄できなければ、水分も食事も控えることになってしまいます。過去の災害では、トイレを使う回数を減らそうと水分摂取を我慢した結果、エコノミークラス症候群で体調を崩す事例が相次いだそうです。災害では命が助かったのに、その後の避難生活で亡くなる「災害関連死」の遠因です。

港区は今年度から、エコノミークラス症候群対策として、血栓を防ぐ着圧ソックスを防災備蓄品に加えました。床から高さを取ってほこりや冷気を避けられる段ボールベッドの用意も避難所で進めてきましたが、昨年度から、段ボールに比べてカビが生えにくい組み立て式のプラスチックベッドも導入し始めました。

「タワーマンションは建物自体が強固なので、大きな被害は受けにくいです。ただ、30階に住んでいて備蓄がない人が、物資を手に入れるために階段を下りて、買って、また上がれるかという話です。若い人ならできるかもしれませんが、高齢の方が毎日それをできるかといえば、現実的には難しい。だからこそ、水、食料、トイレの7日分備蓄は、徹底して行ってほしいのです

マンションの防災組織は約7,000棟のうちごく一部

ところで、地方での災害時には近所の方々が助け合って避難生活を送っていらっしゃいます。ですが、都心部の共同住宅に暮らす方はお隣の方の顔すら把握していない場合も多いはずです。それならば、発災直後に頼りになるのは、マンションの管理組合なのでしょうか?こう尋ねると、上野さんは意外と知られていない管理組合の役割について教えてくれました。

「管理組合は防災組織も兼ね備えていると思っている方は多いと思います。ですが管理組合は、あくまで建物という共有財産を管理する組合です。マンション全体の何もかもを意思決定する組織ではなく、防災は本来また別の領域になるのです

一般的には事務局的な役割を管理会社が担い、住民の要望をまとめるソフト面は自治会が担います。自治会と管理組合を兼任する人も多く、実態としては一括りにされがちですが、制度上は別物。

そのため区は、管理組合や賃貸オーナーに対して、管理組合とは別に、災害時に機能する防災組織を立ち上げるよう働きかけを行っています。ですが、届け出があり、区が把握している防災組織はごく一部。区内の共同住宅は7,000棟以上とされており、全体の5%にも満たないというのが実態です。

というのも、防災組織はマンションの住民が合意し、きちんと組織体系と防災計画を策定し、届け出る必要がありますが、住民が防災組織の必要性を感じて合意するまでが難しいのだそうです。特に難しいのが賃貸で暮らしている住民の合意をとることです。

現在、港区内の共同住宅における分譲と賃貸の比率はおよそ2対5だそうです。分譲でしたら集合ポストに「管理組合」「管理会社」と書かれた投函先がありますが、賃貸にはオーナー用のポストがない場合が多く、防災組織の立ち上げを働きかけようと区から郵便物を送っても、返ってきてしまいます。特に賃貸マンションでは、住民の側も「管理会社やオーナーがやってくれている」と考えがちで、家が自分の財産ではない以上、被害を受けたら転居すればいいという発想にもなってしまいます。アプローチのしにくさと当事者意識が、そのまま組織化の難しさになっているのです。

マンションでの避難生活は、一般の戸建てよりも隣近所との共助が大切になることを教えてもらいました。

「ですが、マンションで防災組織を作ることは必要です。例えばエレベーターが止まれば、高層階の住民は身動きが取れなくなってしまいます。そんな時、すでに防災組織があるマンションでは、1階から5階、6階から10階といったフロアごとに班を作り、支援物資を下から上へ受け渡す『縦のバケツリレー』を仕組みとして構築し住民間で共有できているところもあるのです」

坂の町の水害と止水板

これまでは、主に地震についてのお話を聞いてまいりました。ですが港区は海に面したエリアと台地のエリアがある高低差の大きい町でもあります。坂の上は水がたまりにくいが、坂の下や、歩道より低い位置に入口がある建物では、集中豪雨で下水の処理が追いつかず、浸水リスクがあることがわかっているそうです。

タワーマンションの電気設備は地下に置かれることが多いそうです。そうすると、周辺の電気が復旧しても、そこが浸水すれば建物の電力は戻らないということになります。2019年、神奈川県川崎市のタワーマンションが浸水被害を受けた際、タワーマンションに暮らす住民のみが長期間の停電生活を送っていたことは記憶に新しいところです。

河川の氾濫を前提として組まれた古い水害対策では、降雨量が多すぎて排水が間に合わない近年の都市型水害には対応できません。

新しい建物では地下の電気設備への浸水を防ぐ止水設備を備えるものが増えていますが、既存の建物では止水板の設置と、雨の際に住民や管理会社が対応できる体制が必要となります。

区は今年度から、止水板設置工事等助成を始めています。建物に水を入れないための備えを、公的に後押しする動きです。もしこの記事を読んで、止水板の設置を検討されている共同住宅オーナーの方がいらっしゃったら、まずは港区土木課土木計画係へ問い合わせをお願いします。

外国人にも「挨拶できる関係」が共助の入口

とはいえ、日本は災害大国であるということもあり、発災時であっても日本人ならある程度の対応は自助で行えるでしょう。問題は、地震や水害に慣れていない外国人住民の方々です。港区は国際色豊かな自治体であり、町を歩いていても多くの外国人を見かけます。

区は現在、新たに転入してくる外国人向けに防災リーフレットを作成して用意しています。昨年度には、区内外国人世帯の世帯主へ送付したほか、転入者にはデータを提供しているそうです。地震に備えるものは何か、発生した時どうするのかを知るための入口として使ってもらうことを想定しているとのことです。

「入口の段階で、日本で暮らすにはこういう備えをするんですよ、ということをお知らせしています。パンフレットには二次元コードを記載しております。被災した時に読み込んでもらえば、二次元コードの先の情報が随時更新されていくようになっています」

災害時の情報は「港区防災ポータルサイト」でも発信し、こちらも多言語に対応しているそうです。発災後は東京都が「外国人災害時情報センター」を、港区が「災害時外国人支援室」を立ち上げ、国際防災ボランティアなどと連携して支援にあたる仕組みが構築されています。

ただし、コミュニケーションという点では課題も残ります。

発災直後から避難所に通訳を配置できるわけではありません。

「外国人だからということではなく、発災直後は住民同士の助け合いでやっていただかなければならないところがあります。おそらくしばらくは、翻訳アプリなどを使ってやり取りすることになる。10年前ならできなかったことが、今ならできるようになったことは助かりますね」

生成AIがデフォルトで搭載されたブラウザも増えたため、会話が簡単になったことが災害時にとても役に立ちます。

困っている人を見かけたら積極的に話しかけて助け合っていくことが、被災時には何よりも大切になるということでしょう。

なお港区の実態調査では、外国人住民の8割以上が町会などの地域コミュニティに参加していないそうです。ただ上野さんは、それを外国人固有の問題とは捉えていません。

「地域コミュニティに参加されていない方は、日本人の中にもかなりいらっしゃいます。地域との関わりが煩わしいから共同住宅に住んでいる、とおっしゃる方も実際にいらっしゃいます」

世帯の9割が共同住宅に住む港区では、国籍を問わず、日頃つながっていない人が多数いること自体がすでに大きな課題になっているのです。

防災では、自助・共助・公助を基本理念としています。これはそのまま、被災者が行うべき行動の順番にもなっており、公助はどうしても最後になります。まず自分の身を守り、それでも足りない時に、隣近所と助け合い、公助が届くまで命をつなぎ留めます。共助の中核は町会・自治会です。ですが、地域との関わりが煩わしいとおっしゃる方を、無理やり町会・自治会に参加させることはできません。上野さんは、町会や自治会に入っていなくてもできることがあるとおっしゃいます。

「名前を知り深い関係とならなくても、普段から挨拶をしたり、外で見かけたりした時に、あの人は同じマンションの人だと思えるような、せめてそれぐらいの関係があれば、何かあった時に声をかけられると思うんです。全く見たことがない、話したこともない人に話しかけるのは、少し勇気がいります。薄く柔らかいつながりでもいいので声をかけあってくだされば」

すぐに効く妙薬はありません。防災に限らず、地域コミュニティの課題として長期的に取り組むしかない、と上野さんはおっしゃいます。

想定は更新される。予測不可能な災害下で在宅避難者をどう支えるか

近年は、異常気象により、災害大国に暮らす日本人も驚くような規模の災害が頻発するようになってきました。そのため、国も東京都も、数年おきに被害想定を見直すようになっています。直近では平成24年、令和4年に見直されており、周期が決まっているわけではなく、大きな災害で新しい知見が得られれば、それを踏まえて被害想定の検討が更新されていきます。首都直下地震の想定も同様で、港区も、想定が更新されればそれに沿って計画を見直すようにしているそうです。

「毎回更新があったからと0から準備をし直しているわけではありません。今までの蓄積があって、そこから新たな課題が出てくる。それに随時対応しています」

とはいえ、避難所に来ない被災者をどう把握するかという課題があります。災害対策基本法では、「避難行動要支援者」という自力での避難が困難な方の支援について規定しており、港区では、在宅で生活する要介護4・5の人、障害の程度が1・2級の人、人工呼吸器を使う人などと定めています。災害時には、支援関係者と呼ばれる関係機関や民生委員・児童委員などが安否確認や支援にあたることになっています。ですが、たとえば要介護2や障害3級の人であっても、何らかの支援を必要としています。災害時に、在宅で避難を続ける方たちを把握する仕組みに課題があるそうです。

「そういう方たちが在宅で避難生活を送っている時に、行政としてどうフォローしていくのかは、引き続きの課題だと思っています」

今日できることから始めよう

最後に、防災対策について区民へのメッセージをいただきました。

「まずは災害を自分事として捉えて、ご家族で話し合っていただきたい。そこがスタートです。そのうえで、できることに少しずつ取り組んでいただければ」

例に挙げていただいたのは、驚くほど小さな一歩でした。

「例えば、ベッドの位置を変えることです。寝ているところにタンスがあって、倒れてきたら下敷きになってしまう。でも、タンス側に足を向けるようにすれば、少なくとも頭は守れます」

できれば寝る場所のそばに家具を置かない。置くなら転倒防止器具で固定する。といったことを徹底する必要もあるのでしょうが、まずは、できることから、少しずつということでした。

食料品の備蓄も同じで、5年保存の非常食だけで備蓄する必要はないそうです。賞味期限が長めの食品を多めに買い、使ったら買い足す「ローリングストック」で7日分は確保できます。冷凍うどん、パスタ、レトルトのご飯、米とカセットコンロ。普段の買い物の延長で構わないとのことでした。

少し多めにレトルト食品を買いためておく、賞味期限が近くなったら、その分少し買い足して食べてしまうだけで十分とのことでした。

「備蓄だからと大げさに構えるのではなく、好きだから買う、少し多めに買っておく。それでも全然いいと思うんです」

7日分をまとめて用意しようとすると、途端に難しくなります。少しだけ多めに持つ習慣を今日から始める——それが、9割が共同住宅に住むこの町で、最も現実的な防災の入口かもしれません。

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