いざまちローディング画面

「かわいい歯医者さん」の正体は?――元麻布にある“こどもと女性の歯科クリニック”の挑戦

2025年8月1日

麻布十番駅から坂道を登っていくと、元麻布と呼ばれる高級住宅街に出ます。近隣には多くの大使館が集まり、通りを歩いているとさまざまな国の方々に出会える、港区屈指の国際色豊かなエリアです。

先日、麻布十番駅から大黒坂を登って麻布氷川神社を目指していたときのこと。ハート形のアーチが目を引く、フォトジェニックなカフェのような建物を見つけました。ちょうど坂道で汗をかいていたこともあり、「コーヒーブレイクでもしようかしら」と近づいてみると――
え? カフェじゃなくてクリニック??

一体この建物は何なのか。気になって、院長の岡井有子先生にお話を伺ってきました。

“こどもと女性”に特化した歯科医院、その誕生ストーリー

「ここは“こどもと女性の歯科クリニック”という歯科医院です」

そう話すのは、院長の岡井有子さん。このクリニックは、子どもと女性のために、岡井さんが開院した歯科医院です。

お話をしてくださった岡井有子院長

もともと岡井さんは高齢者向けの歯科医療を志していました。病院でさまざまな患者の口腔ケアを行ううちに、「現状維持しかできない高齢者よりも、これからの未来を生きる子どもたちのために治療をしたい」と考えるようになり、小児歯科への転向を決意したそうです。ちなみに、乳歯と永久歯では治療法や必要な知識が異なるのだとか。私は初めて知りました。

歯科医師の資格を取得後、大学病院や都内の小児歯科医院で勤務を開始。当時の職場は、今のような可愛らしい外観ではなく、ごく一般的な病院だったといいます。では、どういうきっかけで開業を決意されたのでしょうか?

「子どもが小学校に入学したのがきっかけですね。学校から帰ってきたとき、母親が家にいないのはかわいそうだなと思って。“おかえり”と言えるように、家を仕事場にしようと思ったんです

このことは、実はお子さんにはまだ話していないそう。大人になったとき、母親の想いを知って驚くことでしょう。

開業を決意した岡井さんは、自分の理想を形にしようと考えます。

なにより歯医者さんっぽくない外観にこだわりました。まるで家のような、温かくて落ち着ける空間がいいなと思って。歯医者さんを含めた病院全般って冷たい感じがして、ちょっと怖いですよね。だから赤ちゃんや子どもたちが安心して治療を受けられるように、内装も楽しい雰囲気にして、床には柔らかいカーペットを敷いて、赤ちゃんがハイハイできるようにしました。『あそこは楽しい病院だよ』と思ってもらえるようにしたかったんです」

親御さんにとっても、子どもがぐずらずに通ってくれるのはありがたいことですよねと、岡井さんは微笑みます。

患者の子どもが、シールを貼って可愛くしてくれたと嬉しそうに語る岡井さん

きちんと治療を受けられた子どもは、ご褒美としておもちゃを受け取ることができる

イメージしたのは、テーマパークのような病院です。実際、工務店の方々に“テーマパークみたいな病院は作れませんか”と無理を言いました。昔から好きだった京都のカフェの内装を手がけた方に相談したり、最終的には本当にテーマパークのデザインを担当した方とご縁があり、理想通りの建物を完成させることができました」

キノコ型の椅子が並ぶ中庭部分

絵本の中に出てくるようなメルヘンな待合室

赤ちゃんがハイハイをしても平気なように、床にはやわらかい人工芝が敷かれている

治療室の壁面には、ファンシーなキャラクターのイラストが描かれる

こうして2017年に開業した「こどもと女性の歯科クリニック」は、岡井さんの想い通り、子どもだけでなく母親たちにも安心できる空間として認知されるようになりました。

世界初の骨格矯正法「RAMPAセラピー」とは?

もうひとつ、このクリニックには大きな特徴があります。それがRAMPAセラピーと呼ばれる骨格矯正治療です。従来の矯正治療が歯列に直接アプローチするのに対して、骨格の改善から歯列にアプローチするのが、大きな違いです。

骨格矯正と聞くと、無理に押さえつけるような痛々しいイメージが浮かびますが、このRAMPAセラピーでは、子どもたちに専用の器具を装着してもらい、お家で12時間以上、調整時は30分から1時間院内で過ごしてもらうだけ。痛みは少ないそうです。

少しでも子どもたちが不安にならないよう、矯正器具にもデコレーションを施してみたそう

子どもたちが口に含む器具にも愛着を持ってもらうように装飾をしてもらっている

しかし、そんなに小さいうちから矯正治療は必要なのでしょうか。そう尋ねると、岡井さんは丁寧に説明してくれました。

当院で行っているのは、美容目的の矯正ではありません。発達途中の子どもの歯列や骨格の問題を早期に改善することで、将来的に身体に生じる不調を予防することが目的です」

岡井さんが見せてくれたのは、治療中の子どもたちの記録写真。顔のゆがみ、顎のズレ、姿勢の問題、頸椎の接触不良など――身体的な特長として現れてしまった障害が、RAMPAセラピーを通じて、子どもたちが次第に回復していく姿がそこにはありました。

「最初は自信がなかった子どもたちが、治療が進むにつれて笑顔になっていく。それが本当にうれしいです」

このRAMPAセラピーは日本で独自に発展した治療で、専門医院としては、現在こちらのクリニックともう一箇所でしか受けることができないそうです。そのため、イギリスから長期休暇を利用して通う患者もいるとのこと。

RAMPAに関心を持ったきっかけは、岡井さん自身の幼少期の体験だったそうです。

「私はずっと鼻詰まりに悩んでいて耳鼻科に通い続けたのですが、なかなか治らず、病院が嫌でたまりませんでした。大人になってから、口腔周りの骨格矯正で鼻詰まりを改善できる可能性があると知り、関心を持ちました」

RAMPA治療を受けることで、鼻呼吸ができるようになったり、姿勢や顔の印象が変わる子どもたちもいるとのこと。ただし、変化は日々少しずつなので、本人よりも親御さんのほうがその変化に驚くのだそうです。

治療にはおよそ1年〜2年半を要しますが、多くの子どもたちがここから笑顔を取り戻しています。

高級住宅街に残る“ご近所づきあい”と地域の温かさ

では、なぜ元麻布という場所に開院したのでしょうか?

「最初はもっと広尾寄りで開業する予定でしたが、貸主さんの都合で借りられなくなってしまって。どうしようかと焦っていたところ、タイミングよくこの場所が空いたんです。“これは運命だ!”と、即決しました」

タイミングだったのですね。ところで元麻布といえば、超高級住宅街。実際に暮らし始めて印象は変わったのでしょうか?

「最初は“お金持ちの町”という印象でした。でも住んでみると意外とご近所づきあいが盛んな地域だったんです。たとえば、この辺りの子どもたちは近くの有栖川宮記念公園で遊ぶんですよ。でも都会なので、子どもだけで遊ばせるのは心配ですよね。そんなとき、近所のお寺のご住職が子どもたちを見守ってくれたりするんです。多いときは100人くらい集まっていたこともありました

区内有数の広さを誇る有栖川宮公園は、子どもたちの楽園

地域全体で子どもたちを見守る体制があるのですね。

「はい。お子さんが多く、学校のつながりも濃いので、地域の横のつながりが強いと思います。患者さんのお母さんが別のお母さんに当院のことを紹介してくれたりもします。町会活動も盛んで、夏は毎週どこかでお祭りがあります。御神輿や縁日が出てくるので、うちの子どもたちもあちこちのお祭りに参加して、御神輿を担がせてもらっています。先生たちもお祭りの出し物に協力的です」

まさに“ご近所づきあい”の理想形ですね。

「治療に来た子の友達が待合室で遊んで待っていたり、親御さんも待ち合わせに使ったりしてくれて。中には当院を待ち合わせ場所にして、遠くに暮らすおじいちゃんおばあちゃんを呼ばれている方もいらっしゃるんです。お孫さんの治療後に家族で食事に出かけるそうです」

待合スペースがゆったり広いこちらの病院ならではのエピソードですね。

「はい。待合スペースに関しては、一度改装を入れて、さらに可愛く広くしているんです。建物のデザインにこだわったことで、思わぬメリットもありました。コロナ禍で換気が重要になったとき、当院は壁を取り払って大きな窓を設けていたので、すぐに換気対応ができたんです」

なるほど!確かにこの設計ならではのコロナ危機の乗り越え方です。

RAMPAをもっと多くの人へ――クリニックのこれから

最後に、今後、このクリニックをどのようにしていきたいと考えているのか伺ってみました。

まずはRAMPAという矯正法をもっと多くの人に知っていただきたいです。悩んでいるお子さんやご家族に、“こんな解決策もあるよ”と伝えたい。そして、RAMPAの臨床を学びたい医療者にとっても学べる場所にしたいですね。また、小児歯科だけでなく、耳鼻科や小児科とも連携し、副鼻腔炎や喘息に新しい治療の選択肢を提供できるような場所に育てていきたいと思っています

岡井さんは、日々の診療に加えて学会にも参加し、RAMPAの臨床結果を積極的に発表しています。ファンシーな空間の裏には、子どもたちの未来の健康を真剣に支える情熱がありました。

【こどもと女性の歯科クリニック】
住所:〒106-0046 東京都港区元麻布1丁目4−27−101
時間:8:30~13:00、14:00~18:00※完全予約制(03-6435-2281)
休み:金・日、祝日
アクセス:都バス 橋86系統 仙台坂上バス停から徒歩1分

前の記事

ハレの日は秘伝の関東風すき焼&ワインで乾杯!<br>『すき焼今朝』五代目店主・藤森さんにその魅力とルーツを伺いました